第2話:氷の魔王の独占欲

 パキン、と乾いた音がして、校庭にあった最後の氷像が崩れ落ちた。

 教室は、墓場のような静寂に包まれていた。


 クラスメイトたちは、窓の外の光景と、窓際で優雅に本を読んでいる美少女を交互に見つめ、ガタガタと震えている。

 無理もない。

 一瞬で5体のオークを消滅させた魔法。それは、現代の覚醒者(ハンター)の基準で見ても、明らかに異常なオーバーキルだったからだ。


「あ、あれ……天堂さんがやったのか……?」

「化け物、だろ……」


 誰かがポツリと呟いた。

 その言葉が聞こえたのか、カレンの手がピクリと止まる。


 マズい。

 俺は冷や汗を流しながら、展開していた『英雄の器』のウィンドウを確認した。


 ――――――――――――――

 【対象:天堂カレン】

 ■ 現在の感情:不安、自嘲

 ■ 脳内思考ログ:

 『またやっちゃった。力の加減間違えた』

 『みんな怖がってる。カイト君も、私のこと気持ち悪いって思ったかな』

 『嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない』

 『もし嫌われたら、記憶を消して監禁するしか――』

 ――――――――――――――


 (思考の飛躍が極端すぎるだろッ!!)


 俺は心の中で絶叫した。

 カレンは「普通の美少女」を演じているつもりだろうが、メンタルは既に崖っぷちだ。

 このまま彼女が孤立すれば、未来と同じ「孤独な魔王」ルートに直行してしまう。


 俺が動かなければ。

 未来を知る俺が、彼女の手綱を握ると決めたんだ。


 俺は震える足を叱咤し、静まり返る教室の中で立ち上がった。

 そして、努めて明るい声で彼女に歩み寄る。


「す、すげえよ天堂さん! 助かった、ありがとう!」


 教室中の視線が俺に集まる。

 カレンがゆっくりと顔を上げた。その赤い瞳が、俺を射抜くように見つめる。


「……礼を言われるようなことじゃないわ。私はただ、読書の邪魔だったから排除しただけ」


 声は絶対零度。表情は能面。

 だが、俺の視界にあるステータス画面は、お祭り騒ぎになっていた。


 ――――――――――――――

 ■ 好感度:↑UP(測定不能)

 ■ 脳内思考ログ:

 『カイト君が話しかけてくれた! 怖がってない! 「すげえ」って言ってくれた!』

 『嬉しい嬉しい嬉しい。今すぐ抱きつきたい。匂い嗅ぎたい』

 『でもダメ。今の私は「クールでミステリアスな高嶺の花」設定だから』

 『「別に」って顔しなきゃ。あぁん、カイト君の笑顔尊い』

 ――――――――――――――


 (演技と本心のギャップで風邪引くわ……!)


 俺は何とか引きつりそうな頬を抑え、笑顔をキープする。

 とりあえず、最悪の「孤立ルート」は回避できたはずだ。


 その時だった。


「だ、大丈夫!? カイト君!」


 俺の安否を気遣って、クラス委員長の女子・佐倉が駆け寄ってきた。

 彼女は俺の腕を掴み、心配そうに覗き込んでくる。


「窓のすぐ近くだったから……怪我とかない?」

「え? あ、ああ。俺は平気だよ、佐倉」

「よかったぁ……。怖かったよね」


 佐倉の目には涙が浮かんでいる。

 吊り橋効果というやつだろうか、彼女は俺の腕にしがみつくように密着してきた。

 柔らかい感触が腕に当たる。


 ――ピキッ。


 教室の気温が、再び下がった。

 俺は背筋に、氷柱を突き刺されたような悪寒を感じた。

 恐る恐る、横を見る。


 カレンが、本を持ったまま固まっていた。

 表情は変わらない。

 だが、彼女の周囲の空間だけ、光の屈折率がおかしくなっている。重力が歪んでいる証拠だ。


 そして、俺の目の前のウィンドウには、赤黒い警告アラートが点滅していた。


 ――――――――――――――

 【警告:魔王化深度上昇】5% → 15%

 ■ 対象:天堂カレン

 ■ 現在の感情:嫉妬、殺意、排除衝動

 ■ 脳内思考ログ:

 『誰あの女』

 『気安く触らないで。その腕は私のよ』

 『泥棒猫。泥棒猫。泥棒猫』

 『カイト君に触れていいのは世界で私だけ』

 『凍らせて砕く? それとも重力で圧縮してミンチにする?』

 ――――――――――――――


 (ひぃぃぃぃぃッ!? 殺される、佐倉が殺されるッ!!)


 佐倉は気づいていない。

 カレンの指先が、微かに佐倉の方へ向けられていることに。

 このままでは、クラスメイトが一人減る。それだけは阻止しなければならない。


 俺はとっさに佐倉の手を優しく振りほどき、一歩離れた。

 そして、イチかバチか、カレンの方へと向き直る。


「そ、そうだ天堂さん! ちょっと来てくれないか?」

「……私?」

「ああ。さっきの魔法凄かったから、その……怪我とかしてないか心配で! 保健室に行こう!」


 俺はカレンの手首を掴んだ。

 彼女の肌は、雪のように冷たくて滑らかだった。


「っ……!?」


 カレンが目を見開く。

 ステータス画面の『殺意』が霧散し、代わりにピンク色の『幸福』ゲージが爆発的に上昇する。


 ――――――――――――――

 ■ 脳内思考ログ:

 『手! カイト君が私の手を握った!』

 『私を心配してくれてる? あの泥棒猫より私を選んでくれた?』

 『勝ち確。私の勝ち』

 『あぁ、このまま婚姻届を出しに行きたい』

 ――――――――――――――


 チョロい。

 いや、愛が重すぎて反応が極端だ。


「……仕方ないわね。貴方がそこまで言うなら、付き合ってあげる」


 カレンはツンとすまして答えたが、俺に握られた手は、決して離そうとしなかった。

 むしろ、少し強めに握り返してくる。


 俺は安堵の息を吐きながら、カレンを連れて教室を出た。

 背後から「え、二人ってどういう関係?」というクラスメイトたちの困惑した声が聞こえたが、今はそれどころではない。


 俺の手の中には、世界を滅ぼす魔王の手があるのだから。

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