第2話 春、入学式、スターマン
三月。
洛西の空は、腹立つくらい晴れていた。
桜は満開。
スーツの黒がやたら暑くて、式典の空気は無駄にかしこまってる。
――入学式って、体力使う行事やったっけ、と思うくらいには。
「……暑ない?」
ネクタイをゆるめながら、利家が言う。
声がでかい。相変わらずや。
「まだ四月前やで。そんなんで夏どうすんの」
「いや、スーツが悪い」
「体格の問題や」
まつは一刀両断。
桂川高校の入学式を終え、二人は洛西駅からてくてく歩いていた。
人の流れが一段落した昼前、街は少し静かや。
「しかし、歩くな」
「20分や。アップにもならん」
「入学式のあとにアップいらんやろ……」
そう言いながらも、利家は文句を言わず歩く。
まつは、その歩幅と呼吸を横目で確認していた。
(式で緊張、昼前で空腹。
今日は走らせへん日)
頭の中で、勝手にスケジュールを組む。
「で、今日はどこ行くん?」
「スターマン」
「……そっちか」
洛西界隈で知らん者はおらん、ラーメンショップ・スターマン。
泡系豚骨で、胃袋を真正面から殴ってくるタイプの店や。
「入学式の日に、いきなりヘビーやな」
「初日やし、ええやろ」
「まあ……ええけど」
暖簾をくぐると、豚骨の匂いが一気に来る。
これだけで、さっきまでの式典の空気が吹き飛ぶ。
「いらっしゃいませー!」
昼時を少し外してるのに、店内は賑やかや。
学生、作業着のおっちゃん、地元の常連。
洛西らしい顔ぶれ。
「何にする?」
「決まってる」
利家、即答。
「豚骨ラーメン大」
「……森山チャーハンも?」
「もちろん」
まつ、ため息ひとつ。
「ほな、うちは豚骨ラーメン小」
「チャーハンは?」
「森山、ちょっともらう」
店員さんが、無言で頷く。
このやり取り、もう見慣れてはる。
カウンターに並んで座る。
「高校生やなぁ」
「今日からな」
「早いな」
「早ない。ここまで長かったやろ」
利家が、少しだけ真面目な顔になる。
「サッカー部、どうや?」
「明日から本格始動」
「無理すんなよ」
「それ、うちの台詞」
まつ、即ツッコミ。
「無理するんは、利家の方や」
「走れるからええ」
「走れると、壊れへんは別」
ここで、まつの理論。
「筋肉はな、使えば強くなるけど、
休まな裏切るんや」
「……はい」
「今日は立ちっぱなし。
豚骨は補給。けど食べすぎたら消化に体力持ってかれる」
「……はい」
利家、素直。
「来ましたー」
利家のラーメン大。
泡立つスープが、丼の縁まで迫っている。
「泡すごいな」
「空気含ませて口当たり軽くしてる。
せやけどカロリーは軽ない」
続いて、森山チャーハン。
山や。ほんまに。
「うわ」
「それ、うちの分も含まれてるからな」
「はいはい」
最後に、まつの小。
「小でも十分やな」
「女の子やからな」
「身長175の女の子が言うことちゃう」
「黙れ」
「いただきます」
利家は豪快。
まつは一口ずつ、確認するように。
「……うま」
「やろ」
「泡系、春にええな。重すぎへん」
利家がチャーハンを差し出す。
「はい」
「……多」
「走るから」
「今日は走らん」
まつ、半分だけ取る。
「残りは夜まで腹に置いとき」
「了解」
窓の外、桜が風に揺れていた。
「高校、始まるな」
「せやな」
「忙しくなるで」
「知ってる」
まつは丼を持ち上げ、最後のスープを飲み干す。
「でもな」
「ん?」
「入学式の日に、スターマン来れたんは、悪ない」
利家は、空の皿を見て言った。
「俺、この一年、がんばれる気する」
まつは一瞬だけ黙ってから、
「気ぃする、やなくて、
やるんやで」
と、笑った。
「ほな、帰ろか」
「走らんの?」
「今日は歩き。桜見ながら」
二人は並んで店を出る。
洛西の春は、静かやけど――
この一年は、たぶん騒がしい。
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