第2話

服を着直し財布を探るとまだベッドで眠るマナの横に餞別を置いて宿を後にした。




 あれほど人々の喧騒で賑やかだった地下街はこの時間帯にもなると流石に閑散をも地下の冷気に飲み込まれ静寂と靴からでもそれが伝わってくるようだった。




 8番ゲートを抜けた住宅街のアパートに戻り30分程か、身支度を整え最低限必要な日用品雑貨を入れたリュックを用意し最後の鍵を掛けポストに入れた。




右手に下げていたコートを羽織り深く帽子を被る。




 ほんのばかしか鋭い痛みが手首に走った。




 今は誰も寄り付きたがらぬクズの溜まり場2番街に知り合いの伝で紹介してもらったショーノスケという名の闇医者が居た。背が俺の膝程に届きそうな程低く丸まった肥満体型だったが彼に頼み持ち金の大半でミクロサイズの体組織に癒着したチップを取り除く腕には驚きと感嘆が入り交じった。




 断続的に続く街路樹と灯に照らし縫い後を眺め漸くこの世界に別れを告げるのだと早足にてセントラルベースへ続く目視の遠くの柱に向かって進む。




 夜の列車に揺られる事1時間か、缶コーヒーを手に過ぎ去っていく建築物を流し見し、これ程まで開拓を進めた人類の歴史に浸る自分を苦味と共に流し込んだ。




 終点の駅員に切符を渡すと古い時代に作られた銅像が冗談めかして設置された石畳に草が生えた広場に出た。




 (そういえば誰かがタケダ広場って言ってたっけな、眼鏡掛けた独裁者ねぇ....いやいやこんな事今考えてる場合じゃないな)




 もう目と鼻の先には駐屯地が存在する。そこを抜ければ上昇装置に乗るだけだ。


 


 休日であるのを丁度狙った。人気の無い其処に灰色のナイロン製上着に黒のジーンズと赤のラインが入ったシューズを履いた男が居る。




 「待たせて済まないな」




 男は頷きもせず腕時計を確認し指した車体の後部座席に乗るよう促した。




 吸い殻の匂いが僅かに漂う車内のビニールシートに座り用意した15万程を手渡した。




 男はそれを数えきるとエンジンが掛かり前に進み出すと漸く会話をした。




 「悪くないとおもうぞ」




 帽子の影が強く掛かったその表情は電灯だけでは分からない物もあるだろう。




 「昔と違って衣食住全てが揃ってる。近々観光地にするって話もある位だ、確かに地上でしか無い物は事足りない場合も多いが出来る事も増えつつある、俺はそう思ってこの仕事を続けて来たんだ。いつか地上人を追い越すってな」




 胸ポケットから取り出したブローチに挟まっている写真を考志に見せる。




 「此処で出来た女だ。故郷を捨て戦争のある世界に出る事が馬鹿らしくなる位充実している、近々娘が産まれる予定なんだ」




 脳裏にマナの姿が過ぎる。彼女は今頃俺を探し回ってるだろうか、でも少しすれば忘れて別の男でも作るだろう。




 「引き返すなら今の内だ 金は返さんが」


 


 「いや、俺はもういいんだ」


 


 男は納得し溜息を吐き運搬物資の建物に続く最後のゲート付近で網膜認証を済ませた。




 塀が重い音を立て開くと坂を登り上階の前に止まってエンジンを切った。


       


 施設館内に入ると警備が二人此方に立ち止まったが男が職員のタグを見せると何も無かったかの様に見回りに向かった。




 階段を降りて無機質な空間の先へ自動ドアを通る、まだ続く廊下だが壁の強化ガラス越しに原生生物等の剥製が飾ってある。




 その一つに人のような姿をした亜人と思い浮かぶべき名を付けようかという物体が異形の内蔵骨格が解剖され保存液TSR-06に浸かっていた。




 「気になるか?」




 「不気味だな 地上にはこんな奴も居るのか?」




 「冗談だと信じるか?元の姿だと分かればな」




 「は?何言って」




 「歴史書に俺達の先祖は地球といういま保護名目で進入禁止の惑星に住んでいたと書かれていたな」




 「....有名な話だろ」




 「元は猿人類から脳が齎す欲望に適用するよう進化したのだとすれば何故俺達は今も変わらぬ姿のまま居ると思う?」




 「それは済む場所や環境によって違いは産まれている筈だ、人種があるなら今だって惑星によって異なるだろう。詳しくは知らんが」




 「欲望が続く限り人の根源的価値感は歴史が証明するように自由と快感が解剖された不必要さが多くを犠牲にした。だが一定の周期でターニングポイントを迎えるとそこから思いもしない進化を遂げるんだ例えばコイツがそうだ」




 「....」




 「コレが進化であるとしたら受け入れられると思うか?」




 無数に生えた出来損ないの腕、赫く焼けて干からびた身体。むき出しに見える頭部。




 「なんの進化だ?一体コイツは」




 「添えていたとするなれば探究だ、自身を作った神を認知できぬ彼等と違いラジウスは人間を理解出来てしまった。それが問題なのだ、奴等は宿主を媒体から通じて研究し思考を誘導した....戯言はここまでにしよう凡人の俺達が考えて分かる筈ないさ」




 「今も侵食されてるのか?」




 「さあな」


 


 人が通る通路が開けて空洞になり眼前に昇降機が照明に当てられ鼓動を止めている。




 「何年振りだろうな 俺はもう来る事は無いと思ってたよ」




 装置自体は経年で錆びついて居るがまだまだ動く。コレでもう地底とはおさらば出来る。




 「思い出なんか無いさ、只産まれて意味も無く金稼いでそれで終いなんだこんな所」




 「そうか」




 「伝に世話になったと言っておいてくれ」




 「分かった」




 渡されたキーパスポート差し込み駆動音とサイレンが鳴った。




 「達者でな」




 リフトが上昇し、ターミナルが男との差をつけ路線が窪みから差し込む僅かな光の粒へと吸い込まれる先に渡る。




 荷物を背負い直し地上への想いを馳せて旅の始まりを期待した。

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