なんでもかんでも気象病とは言えないが

石衣くもん

 冬の雨は、特に支配的だと思う。

 私を濡らして凍えさせ、私の体温と正常な判断を奪うのだ。うっすら頭が痛いのも、気圧の所為かもしれない。気象病というやつか。

 そんな栓ないことを、小さくて軽い折り畳み傘の中で考えていた。この折り畳み傘は軽いところが美点なのだが、その分ちょっと風が吹けば、台風の時みたいにひっくり返ってしまうのが欠点である。


 何度も何度も、一人台風ごっこをしている所為で、グレーのワンピースは斑に色が変わってしまった。全部が濡れてしまう方が色味的にはましなのかもしれない。所々濃い灰色に変わったワンピースは何となく汚ならしく見えて、私を惨めな気分にさせる。


 どうしても役所に行かないと取得できない書類があり、半休をとって会社から移動している最中の雨。今日の天気予報では降水確率30%と言っていた癖に。


「もうタクシー乗ろうかな……」


 普段なら思い浮かばない選択肢が過る程には弱っていた。こんな脆弱な雨避けではなく、早く雨を凌げる場所に行きたい。そう思った瞬間、強めの風が吹いて、再び傘がひっくり返った。


「最悪!」


 でかめの声で叫んでも、誰も振り向かないのは雨音のおかげだろうか。どうしてここの役所は駅から10分以上離れているのだ。理不尽な怒りが沸き上がり、一度冷静になるため深呼吸する。


 あともう少し。書類さえもらったら今日はもうゆっくりできるのだから。


 気を取り直して、何とか役所に辿り着き、総合受付で窓口を確認してそちらに移動した。二つ対応窓口があって、空いているようだったのでここであっているか確認しようと、番号札を取る前に


「すみません」


と、声をかけたら、男が


「番号札を取ってお待ちください」


と言った。正直カチンときたが、この人は間違ったことは言ってないと自分に言い聞かせ、大人しく番号札を取った。

 そこから待たされること二十分程、呼び出し番号が点ったのは先ほどの男の窓口だった。


「あー、これはうちじゃなくて三階の窓口ですね」

「……総合受付で確認してここに並んだんですけど」


 雨と待ち時間の長さで相当膨らんだ怒りを、何とか押さえつけても、些か怒気を含んだ声になってしまった。しかしながら、ふてぶてしい態度の職員の男は悪びれることなく


「三階へはそこの階段か、あちらのエレベータからどうぞ」


なんて、会話にならない。これ以上は怒鳴りつけてしまいそうだと、その場を立ち去ろうとした時だった。


「番号札」


 無遠慮につき出された手と、単語だけ発した男に、怒りが沸点を超えてしまった。


「ちょっと!」


と呼び止める男を無視して、早足で総合窓口に向かう。番号札の紙は、爪が食い込むほど握り締めた拳の中でぐちゃぐちゃだ。


「あの!」


 総合窓口で、自分でも驚くようなボリュームの声が出てしまい、先ほど案内してくれた女の人が慌てて飛んできた。


「先ほど案内してもらった窓口で二十分待って、この申請用紙見せたら中身も確認せずに三階行けって言われたんですけど、これ本当に三階ですか!? もう無駄に待ちたくないんですけど!」

「申し訳ございません、確認させていただきたいので、用紙を一度お預かりしてもよろしいですか?」


 恐る恐る申し出る彼女に、記入済みの申請用紙を渡した。先ほど外ででかめの声を出した時とは違い、待ち合いの人も、総合案内の他の人も私の方を見ている。それに気が付く冷静さはまだ辛うじて残っていたが、怒りをおさめる程ではなかった。


 奥に引っ込んだ彼女が、上司らしき人に確認して、小走り戻ってきて


「お待たせして申し訳ございません。あの、すみません、あっておりました。先ほどの窓口で、あの私の方で窓口のものに案内いたしますので、もう一度窓口までご足労をお願いできますでしょうか、ご不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございません」

「……お姉さんは悪くないので謝らなくていいです」


 お願いできますか、と幾分トーンダウンできた声色で返せば、急ぎ彼女が窓口で先ほどの男とは別の人に説明して、先ほどのくしゃくしゃになった番号札に書かれた263が、窓口の呼び出し番号に表示された。

 そこから今度の担当の人は淡々と処理をしてくれた。くしゃくしゃの番号札を渡した時も、


「お待たせして申し訳ございません」


の一言だけだった。私は燻る怒りを引き摺りながら、表には出さないように努めた。


 例の男は、私に謝りにくることもなく、窓口から離れて奥の机で作業をしているようだった。担当の人がコピーを取るのに窓口から離れた時、一度だけチラッと私を見たが、私も男を見ていたからか、バツが悪そうにすぐに顔をそらし、それ以降こちらを見ることはなかった。


 あの男からしたら、私は突然キレ出したクレーマーやモンスターカスタマー扱いなんだろうなと思うと納得いかないが、そんなことを言い出すと本物になってしまうとも思った。現に八つ当たりをしてしまったことは否めない。


 結局、淡々と処理をしてもらったのにも関わらず、十五分くらいはかかり、最後に担当の人からもう一度


「大変お待たせして申し訳ございませんでした」


と言われた。もしかしたら、定型の挨拶なのかもしれないが、いたたまれなさを感じて


「ありがとうございました」


と頭を下げ、足早に役所を後にした。


 外に出たら雨は止み、まだ雲は多かったが晴れ間がさしていた。奪われた判断力が戻ってきたのか、雨が降っていた時よりも寒さは和らいでいるはずなのに、先ほどよりも凍えているような惨めな気持ちが晴れなかった。

 これも気象病の所為だというのは、流石に都合が良すぎるだろうか。

 

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なんでもかんでも気象病とは言えないが 石衣くもん @sekikumon

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