第2話 目が覚めたら政略結婚していました

 目を覚ますと、夕方の光が差し込んでいた。

 ……いや、さわやかな夕方って表現は変かな。

 むくっと起き上がり、周囲を見回す。

 広々としたキングサイズのベッド。天蓋つきで、絹の布団が肌に心地よい。


 ――夢……だったの?


 私は修学旅行のバスに乗っていた。

 だけど、大型トラックが突っ込んでくる事故に巻き込まれ、私は意識を失った。

 私の名前は、玲奈……じゃない。

 今の私は、レイナ=フェイヴェル。

 フェイヴェル王家の第三王女。

 さっきの夢は、多分、前世の記憶。

 私はあの事故で死んで、そして一国のお姫様に生まれ変わったんだ。

 もちろん、レイナ姫としての記憶もちゃんとある。

 玲奈とレイナ――名前が似ているのは偶然?

 今はどちらかというと、玲奈としての人格のほうが勝っている感じ。

 それまでのレイナは、王である父と王妃である母に言われるままのいい子ちゃん。

 自我も意思も薄く、まるで操り人形みたいだった。

 そして言われるままに隣国ルーデス王国の王子と結婚し、今に至る。

 あくまで国同士の結婚。

 そこに愛なんてあるわけがない。

 厳粛な結婚式を終えたその夜、緊張が解けたせいか私は突然高熱で倒れた。

 なんとも偶然なことに、王子も同じタイミングで高熱を出したらしい。

「夫婦仲良く風邪を引くなんて」と、周囲は心配しつつも微笑ましく思っていたとか。

 ……仲良くもなにも、ろくに顔合わせもしていないのに。ただの流行り風邪でしょ。

 結婚式では、花嫁はベールで顔を隠すのがしきたり。

 私はずっと俯いていたから、結婚相手の顔もほとんど見ていない。

 熱が下がって目覚めた時、私は前世の記憶を思い出していた。

 前世の私は、ごく平凡な女子高生。

 事故に巻き込まれて死んでしまい、今に至るというわけ。


 ――って、すでに結婚してるってどういうこと!?


 神様、前世の記憶を思い出すのならもっと早くしてよ!!

 死んだ前世の分まで青春を謳歌したかったのに。

 私は鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。

わっ……ちょ、ちょっと、前世と顔が似てるってことあるの!?

 一体どういうシステム?

 せっかく生まれ変わったんだから、もっと違う顔でもよくない?

 例えば金髪碧眼のクールビューティとか。

 黒髪黒目だった私は、今はブラウンの髪に菫色の瞳。肌は白くて綺麗だけど――

 顔立ちは前世の私そのままだ。


「レイナ様。お目覚めですか?」


 声をかけてきたのは侍女のユリア。

 鏡を凝視していたところを見られ、少し気まずくなりながらも「ええ」と答える。

 ユリアはにこりと微笑んだ。


「夕食は念のため、胃に優しいものにいたしますね。夕食後は湯浴みを。もうすぐ殿下がお越しになります」

「……!!」


 私の夫となる人が、ここに来るのか。

 一体どんな人なんだろう。

 優しい人だといいな。

 とにかく失礼のないようにしなくちゃ。

 愛のない結婚とはいえ、お互いの国の架け橋を担う同志だ。

 仲良くできるよう、努力しなきゃ。


 ◇◇◇


 夕食を終えたのち、私は円形の広いお風呂に入ることになった。

 うわわ、バラのお風呂だ。

 浴槽いっぱいに赤いバラの花びらが広がっている。

 しかも甘くていい匂い。

 綺麗なお姉様方……じゃなくて、メイドたちが、まるでヘッドスパのサロンのように丁寧に頭のケアをしてくれる。

 ああ、髪につけているトリートメントもバラの香りだ。

 体もバラのオイルでマッサージしてもらう。

 はぁぁぁぁ、極楽……気持ちがいい。

 前世の記憶を思い出してから、こうして誰かが手厚く世話をしてくれることが、どれほど特別なことかがよく分かるようになった。


「どうもありがとう。すごく気持ちよかったわ」


 体のケアをしてくれたメイドたちに笑顔でお礼を言うと、彼女たちは最初こそ驚いたように目を見張ったが、すぐに嬉しそうに微笑み、「恐れ入ります」と頭を下げた。

 バラのお風呂もちょうどいい湯加減だ。

 体が程よく温まり、湯から上がると、侍女のユリアが満面の笑みで待っていた。


「姫様、本日は勝負の日でございます」

「勝負? 私、誰かと戦うの?」

「そのままの意味に捉えないでくださいませ。本日は、いよいよ初夜でございます。素敵な夜になりますよう、このユリア、気合いを入れて可愛い寝間着をご用意いたしました」


 彼女が手に持っているのは……わっ、本当に可愛いネグリジェだ。

 細やかなレースの下で、見たこともないほど美しい光沢を放つ絹。

 ユリアに言われるまま袖を通してみると、驚くほど軽い。

 すごい……肌触りがいいし、フリルも可愛くて、お姫様みたい。

 あ、実際に今の私はお姫様なんだけれど。

 ユリアは私のネグリジェ姿を見て満足したのか、ひとつ頷いてから、


「それでは、これで失礼いたします」


 と言って退出した。

 ぽつんと一人になった途端、急に不安が込み上げてくる。

 確かに前もって話には聞いていた。

 この国では結婚した初日に、その……夫婦の営みを行う決まりがある。

 ところが、私と相手の王子様が同時に風邪を引いてしまったせいで、それがずっと延期になっていた。

 今日、私の体は全快した。

 私の夫となる王子様が今日こちらにお越しになるということは、向こうも全快したのだろう。

 伝統にのっとり、今日が初夜となるわけだ。

 ま、待ってよ……ちょっと前までただのJKだったんだよ?

 もちろん今世ではお妃様として嫁ぐための教育も受けたし、その記憶もあるけれど!!

 前世の記憶を思い出したばかりで、JK気分がまだ抜けていないのよ。

 しかも知らない人に抱かれるって、何!?

 どんな罰ゲームなの!?

 そんなの嫌!!

 私は自分の体を抱きしめる。

 落ち着け、落ち着け……。

 体の震えが止まらなくなる。


 悠二……っっ!


 

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目覚めたら、政略結婚していました~もうすぐ顔も知らない夫がここにきます~ 秋作 @nanokano

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