夜会の後始末



 出発当日だというのに、少々頭が痛かった。早々とベッドに入ったものの、いろんなことが頭の中をめぐって、眠れなくなってしまった。

 だよねー。そうなることは想像がついたよね。昔からちょいちょいあったしね。

 特に社会人になってからは多かった。

 

 そんなときの頼みの綱はスマホだったのだけど、今は役に立たない。心の安定のために、ただ握りしめるだけもの。黒い画面に自分の情けない顔が映る。悲しい。


 外は真っ暗闇で、聞こえる音といえば、木の枝が揺れる音とか、見張り番が廊下を歩く音とか、たまに動物の「ぎゃあ」だの「けえっ」だのいう野性味あふれる叫び声。


 明かりも音もないなんて、はじめてかもしれない。実家は地方都市だけれど、街灯や信号機は点いているし、夜中でも車は通る。たまに救急車。


 ああ、小学生の時に行った野外学習で「青少年の家」に泊まった時がこんなだった。市街地から遠く離れた山中にある「青少年の家」。網戸に見たこともない両掌合わせたくらいあるバカでかい蛾が張り付いていて、友だちと大騒ぎしたな。


 気持ち悪いのに目が離せない。呼吸に合わせて、太い胴体が収縮するのが、生命というものを見せつけられているようで、ちょっと怖かった。


 あの時、はじめて満天の星空というヤツを見たんだった。天の川も。真っ暗闇じゃないのは星空のせいだった。


 思いついて、バルコニーに出てみた。夜会もとうに終わったらしく、あたりはしんと静まり返っていた。所々に明かりが見える。防犯用なんだろうね。あれも魔法なんだろうか。それともかがり火だろうか。

風が心地いい。

 この風にも瘴気が含まれているのかな。


 空を見上げた。想像通りの満天の星空だった。この空は、元の世界と同じ? 北極星があれば、と思ったけれど、どれが北極星かわからなかった。

 わかるわけなかった。もとから星にくわしくないもん(笑)。星座すらわからない(笑)。

 そういえば天の川も見当たらないなぁ。今夜は月も出ていない。……月、あるよね? なかったりして。


 しばらく星空を見上げてから、大きく息を吸い込んだ。

 あしたは出発だ。気を取り直そう。

 そうしてわたしは、またベッドにもぐりこんだ。




 朝起きて早々にボヘミアンズがやってきた。

 着替え終わっててよかった。

「朝早くから申し訳ない」

 なんか夕べから、このふたりに謝らせてばっかりいる。こちらのほうこそ申し訳ない。

「夕べの顛末を報告しようと思いまして」


 あのドレスを用意して茶番を仕組んだのは、バイオレットで、ウィンチェスター侯爵家が後押ししたものだと判明した。

 うん、あの子がひとりでできるとは思っていなかったよ。


「ええ……、侯爵家まで絡んでいたんですか」

「はい。まったくもって残念ですが。もともと侯爵はバイオレットを勇者パーティにいれたかったのですよ。バイオレット嬢も魔法は使えますが、マリア嬢ほどじゃありません」

 

 マリアさん、王国随一とか言ってたもんね。

「それにやはり協調性と言いますか、社会性と言いますか、団体行動には向かないと言いますか」

 ええ、よーくわかります。わたしもアレと一緒はいやだもの。マリアさんでよかったです。


「それにコンラートが同行することになって、ますます意地になったと言いますか……」

 ほんとに幼稚だな。

「今さらマリア嬢と代わるわけにいかないのは承知しているようで、ただアリーさまに嫌がらせをしようと思ったのだと、バイオレット嬢は言っております」


「……くだらねぇ」

 おっと、いけない。ことば遣いが素に戻ってしまった。

「ええ、ほんとうに。そこで侍女たちを買収したようです。簡単に買収される彼女らも問題ですが」

「なんとなく、わかりますよ。あの人たち、わたしのことが面白くなかったんでしょう? この世界じゃ型破りですもんね」


「アリーさまが異世界からいらした方で、この世界とは常識が違うのだと、説明をしたのですが、どうやら理解できなかったようです。そんな者を近くにおいてしまったのは、こちらの落ち度です」


「たぶん、意地になっていたんでしょう。最後のほうは、ぜったいに耳を貸さないと神様に誓ったようでしたよ」

 はあ、と閣下はため息をついた。


「とくにエラは、ウィンチェスター侯爵家の分家の者でして。あの一族は貴族としての特権意識が強いのですよ。権力を振りかざすと言いますか」

 ああ、そんな感じしますね。一族みんなですか。うーわ、やだ。


「彼女たちは自宅に帰しました。向こう半年の謹慎です。王家の不興を買ったと、この先大変な思いをするでしょうがね。それも含めての罰です。それからバイオレット嬢は3か月の自宅謹慎。ウィンチェスター侯爵は罰金。処分はそんなところです」

「そうですか。知らせていただいてありがとうございました」

 その処分が妥当なのかはわからない。でも、もういいや。出発だし。


「もう支度はできましたよ。いつでも行けます」

 手持ちは、大きなダッフルバッグがひとつ。着替えとか身の回りのものと、道中のおやつ、飲み物。

 国境まではこんなもの。本格的なサバイバルは川を越えてからだからね。

それからスマホ。これだけはどうしても手放す気にはならなかった。電源が入らないとしても。


 ……なんか余裕があるな。バッグごと入るかな? ぎゅう。うん、入った。

フェイクレザーの柔らかい素材でよかった。大容量で軽いから選んだんだけど、こんなところで威力を発揮するとは思わなかった。

 型崩れしちゃうな、という懸念には目をつぶった。


 バッグの中には、モバイルバッテリーと充電器、イヤホン、全部充電切れ(笑)。

化粧ポーチにはコスメが一式。ホワイトフローラルのハンドクリーム。お気に入りの香り。

 財布。3千円と小銭が少々。クレカ。免許証。マイナンバーカード。

ハンカチにティッシュ。社員証。

 使うかどうかは別として、持っていたかった。離れたくないの。そんな気持ち。


 着ていた服とパンプスはさすがにおいていく。できるなら持っていきたいところだ。


 もちろん扇も持った。きのうは派手な緑を使ったけれど、白いほうが気に入っている。レア感あるし。

 それを腰に差す。残りは一本ずつ紙に包んでバッグへ。せっかくの羽根がばさばさに乱れたらいやだからね。


 着替えの半分は、マリアさんの四次元ポケットにしまってもらった。と言っても2着分。「清浄」と「修復」の魔法で新品になるらしい。魔法すごい。

 ちなみに「清浄」で体もきれいになるんだって。風呂いらず。


「すぐに出しますから、いつでも言ってくださいね」

 とマリアさんは言った。何回か話したら「すん」とした顔は消えていった。ふだんは「すん」のお面をかぶっているらしい。

うん、いい子だ。つくづくバイオレットじゃなくてよかったと思う。


 ボヘミアンズは、わたしが「行かない」とごねたらどうしようと心配していたらしい。旅支度を見て心底ほっとしていた。


「では、のちほど」

 そう言って、ボヘミアンズは部屋を出て行った。

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