夜会は波乱 2



 大きく一歩踏み出す。太ももがよく見えるように、ゆっくりと踏み出す。

 一瞬の静寂の後、ホールの中は大きなざわめきにつつまれた。

 紳士諸君の「おお」はおどろきに、少々の喜びと期待が混じって。

 淑女たちの「きゃあ」は蔑みと呆気にとられて。


 宰相閣下があわてて飛び出してきた。

「なんですか、そのドレスは! 用意したドレスは!」

 王さまもあわてる。王子もあわてる。コンラートさんはわたしを庇うように目の前に立った。


「いいんですよ」

「でもそれは」

「承知の上です。気にするほどじゃありません」

 わたしはにやりと笑って、そっとコンラートさんを押しのけた。それでも彼はわたしから離れなかった。うれしいけれども、ありがたいけれども、今はきっと逆効果だな。

 

 宰相閣下に向かって言う。

「あーら、これを用意してくださったのでは?」

 わざと足を出してやった。ヒールのキラキラがいい具合に目立つ。


「ま、まさか、そんな。ちゃんとしたドレスを用意したはずだ」

「あら、これはちゃんとしていないんですか? 侍女たちがとてもよくお似合いだと言っていましたが?」

 なるべくたくさんの人に聞こえるように、大きく声を張る。ざわざわざわ……。


 宰相閣下のほほがひくっと引きつった。

「じ、侍女が?」

「ええ。侍女たちが! とても素敵ですと褒めてくれましたけど? ちがったんでしょうかね」


 視界の端っこに、くるんくるん令嬢が見えた。きょうも安定のくるんくるん。おまけに、花まで乗っている。

「やだわ、はしたない。娼婦みたい」

 くすくすと笑ってる。はい特定。こいつの差し金だな。

「ほんと、あれが聖女だなんてなにかの間違いですわよ」

「そうですわ。あれは場末の娼婦ですわ。あんなに足を出すなんて淑女なわけがありません」


 取り巻きですかね。数人つるんで、くすくすと嫌な笑い方をしている。そうか、そうですか。首を洗って待ってろよ。まとめて屠ってやる。


「あーら、わたしの世界では足を出すなんて日常茶飯事。めずらしくもなんともありませんよ。むしろ……」

 クジャクの扇をすっと彼女たちに向ける。


「乳首が見えそうなほど、胸元さらしているほうが、よっぽど恥ずかしいんですけどね!」


 乳首、と言ったとたんホール中が阿鼻叫喚に陥った。

 淑女が「乳首」なんて言っちゃいけないみたいね(笑)。


 扇で胸元を隠したレディがちらほら。ほら、自覚があるんじゃない。

「なななな、なんですって!?」

 くるんくるんは、真っ赤な顔で素っ頓狂な声を上げた。

 なにしろ、ご自身が一番胸元さらしてますからね。


「こっ、これは最新のオートクチュールなのよ! あなたなんかにわかるわけないわ!」

「あらそう。侍女たちもこのドレスが最新モードだと言っていたけれど、ここの侍女たち、おかしいのかしらね。陛下がよこしてくれた侍女なのに、一介の令嬢に笑われる程度なのかしら」


 なんて不敬な。ホール中がざわつく。


「あなたは、なにも知らないからよ! いきなりやって来て聖女だなんて祭り上げられて、いい気になるからよ!」


「はあ? わたしは好きで来たわけじゃない。拉致されただけ。聖女もあんたたちが勝手に言ってるだけなのよ」


 いくら聖女さまでも無礼だ。

 そんな声が聞こえた。たまりかねたようにコンラートさんが、ずいっと前に出ようとしたけれど。


「無礼はどっちよ!」


 それより先に、シャッとスリットをはねのけて、だんっ! と大きく右足を一歩踏み出した。太ももがはみ出す。右手はひざに、左手は腰に。

 気分は「この遠山桜が目に入らぬか」だ。

 うっ、とコンラートさんのうめき声が聞こえた気がするけれど、無視無視。

 

「だいたいやることが幼稚なんですよ。これが王宮の侍女がやることですか。頭の悪い中学生じゃあるまいし。ダサいこと、この上ないですねぇ」

 宰相閣下があたふたしている。仕掛けたのはそっちだからね。はじめちゃったから、最後までやりきるよ。


「わたしは、こんな世界滅びようが、人が死のうが別にかまわないんですよ。義理もないし行きたくもないけど、でも行くのはこんな少年少女だって聞いたから! ちょっとは助けになろうかと思って、行こうとしているのに。なんですか、この体たらく」


「いや、申し訳ない」

 王さまが宥めにかかる。

「この不始末はしっかり調べて、きっちり処分するから。だから機嫌を直してくれないか」

 だから、そういう上から目線が気に障るんだよ。まるで、わたしが駄々こねてるみたいじゃないの。

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