碁打ちの話


「これは相当そうとういいもんだねぇ」


 ときなことで町内ちょうないでは有名ゆうめい初老しょろう親爺おやじが、遠出とおで散歩さんぽでふらりと何気なにげはいった古道具屋ふるどうぐやつけたのはかなり年季ねんきはいったふる碁盤ごばんであった。


 そのつけた脚付あしつ碁盤ごばん簡素かんそであるが中々なかなかものがしてあるし、しかもふるびてすすけたあし塩梅あんばいぎゃくあじわいとなっている。


「これ、いくらだね?」

 

 と親爺おやじたなおくんでいるたたみうえ店主てんしゅくと


「・・・拾円じゅうえん

 

 となくうから、これは戦争成金せんそうなりきん好景気こうけいきだとかで世間せけんさわいでいるが、親爺おやじのような庶民しょみんからすればがたひろものである。


 新聞しんぶんはデモクラシーとかわけのわからんことを大事おおごととしていっているが、この碁打ごう趣味しゅみ親爺おやじからすればたった拾円じゅうえんでこんな脚付あしつきの碁盤ごばんえることの方がえら大事おおごとであった。


 親爺おやじは「しかしなんでこんな値段なんだね」と店主てんしゅについいたが、店主てんしゅとく将棋しょうぎには興味きょうみがないらしく


「あーそれはねぇ、盤面めんによく見ると年輪ねんりんがぁねぇ、なんか気味きみわりいって、こうあるから・・・おやす勉強べんきょうしているんですな」


 と何気なにげこたえた。


 その親爺おやじ碁盤ごばんかかえてうちかえるとめずしく晩酌ばんしゃくもしないで、はや就寝しゅうしんした。

 

 長年連ながねんつったつまは「あら、おとうさん どうなさったんですか?」と晩酌ばんしゃくをしない亭主ていしゅいたが、この親爺おやじとくになにもこたえない。


 翌朝よくあさ家族かぞくだれよりもはやきた親爺おやじは、朝日あさひがようやくたりはじめた空気くうきえた早朝そうちょう縁側えんがわ昨日買さくじつかったふる碁盤ごばんした。


 庭先にわさきではあさすずめ数羽鳴すうわなきながらえだ庭石にわいしたわむれている。

 

 この早起はやおきの儀式ぎしき親爺おやじくせでもあった。


 親爺おやじ定石じょうせきなどがいてある古本ほん数冊書棚すうさつしょだなからすと、ほんいてある詰碁つめご神妙しんみょうたのしみはじめた。

 縁側えんがわいたふる碁盤ごばんうえには親爺おやじこだわっている上質じょうしつ白黒しろくろ碁石いしならんでいる。

 

 そのまえみょう行儀良ぎょうぎよ親爺おやじ正座せいざまでして碁石いしつまんで結構けっこういきおいでばんうえった。

 ピシリとおとがするではないか。

 

 ・・・やはり見込みこみどおりである。


いものをったなあ」と親爺おやじはその耽溺たんできする気持きもちでいたが、親爺おやじのこの碁打ごう趣味しゅみ理解りかいする家族かぞく不幸ふこうにも一人ひとりもいないのである。


 さて、それからだった。

 一時間いちじかんったころであろうか?

 居間いま子時計こどけいがボーンと朝六時あさろくじおしえて家族かぞくたちがはじめた。


 二十五にじゅうごになる長男ちょうなん縁側えんがわ親爺おやじ


とうさん、またそんなものったんですか」


 とかるったが親爺おやじ詰碁つめご夢中むちゅうでうんともすんともわない。

 そのさまはまるでのちにいう大正たいしょうモダン趣味しゅみ彫像ちょうぞうのようでもあった。

 

 あきれた長男ちょうなんはそのまま出勤しゅっきんていき、つづいて次男じなんたちも朝飯あさめしませて学校がっこうく。


 そんな光景こうけい他所よそ親爺おやじ視界しかいには盤上ばんじょう白黒はっこく碁石いししかないのであろうか。


「おとうさん、そろそろあさはんべてくださいな」

 

 とつま流石さすがこえをかけた。


 しかし親爺おやじ腕組うでぐみをしたままなにもこたえない。


「ちょっとおとうさん」

 

 とつまがまたこえをかけた。


 やはり親爺おやじはうんともすんともわない。


「おとうさん、片付かたずきませんから・・・!」


 とつま縁側えんがわ彫像ちょうぞうとなったような親爺おやじかたかるたたいたときである。

 バーン!と親爺おやじ盤面ばんめんしてたおれた。


 いきおいで白黒しろくろ碁石いしおとてて縁側えんがわらばってはじけた。


「あ!おとうさん!おとうさん!!」

 

 とつま昏倒こんとうした亭主ていしゅ身体からだはげしくすったが、すで親爺おやじ人形にんぎょうのようになっている。


 つい卒中そっちゅうなにかがたかとつま亭主ていしゅきかかえて、しきりにこえけた。

 そのときである。


「・・・かあさんいま、いいところなんだよ・・・」

 

 とたしかに親爺おやじこえがした。


 つまがそのこえほうたときである。

 

 初老しょろう亭主ていしゅして碁石いしらばせた、古碁盤ふるごばん盤面めんにはよくるとっすらと年輪模様ねんりんもようがあった。


 それはまじまじよくると・・・たしかにきな亭主ていしゅかおそのものであった。


                              おわり




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『”怪 談” -Kaidanー』 穂上龍(ほがみ りゅう) @ryuhogami

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