11 ぽつりぽつりと。
パソコン部の、連絡日誌ノート。
私はそのページを、できるだけ丁寧に、そっと……閉じた。
その気配を察したかのように、あまみがぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出す。
「……校内で、熱中症で倒れて。
病院に運ばれたけど……助からなかったんだって。その女の子……」
その言葉を皮切りに、閉ざされていた過去が、ゆっくりと開かれていく。
あまみは、校内の人脈を頼って掘り出した、
シークレットな情報――真相を、静かに語ってくれた。
――ねえ、スミナ。
きっと、スミナも思ったよね。
「データ、別の場所に保存すればいいのに」って。
でも、“この部室での保存”にこだわっているのは、
今から7年前の――『2026年』当時に、
「部員みんなで決めた約束」があったから……みたいなんだよ。
ああ、スミナもその西暦でピンと来たんだね。
……うん、そう。
今から7年前の2026年……。私が小学3年生のときかな。
画像加工の技術が、急激に発展した頃だよね。
本人の許可もなく勝手に、あらゆる写真や映像が加工できるようになって――
当然、さまざまな問題が溢れだしたとき。
このパソコン部ではね、その流れを見て、部員全員で決めたらしいの。
ルールを2つほど追加しようって。
〇部室内のパソコンは、個人の所有物ではなく、部員全員の共有物です。
部室から持ち出さないこと。
〇部活動の記録写真や映像について、勝手に個人でバックアップをとらないようにしよう。<NEW!>
〇共有するときや、外部保存するときには、必ず部員全員の了承を得るようにしよう。<NEW!>
――ふふ。なにせパソコン部、だもんね~。
きっと「私たちは、この時代に技術とどう向き合うべきか?」って、
そういう議論をするのも、大事な活動のひとつだったんだと思う。
そんな新ルールを話し合って決められるぐらいに、
きっと部員みんな仲が良かったんだろうなあ、と思うよ。
まあ、所詮は、高校の部活動の部内ルールなんて、強制力のない“良心”に頼った約束でしかないけど。
まるで「指切りげんまん」みたいな――そんな、か弱い約束だけど。
でも案外、そういうものこそが、効力を発揮したりもするよね。
そう。この部屋のPCのなかには、
パソコン部の部活動に関する記録……写真や映像やチャットログ……なんかが、たくさん眠っているんだ。
それでね、もう……わかるでしょ?
データの移動や保存のために必要な、
【部員全員の了承】は、どうしても取れなくなってしまったの。
……うん。
部員のひとりの女の子が、熱中症で、亡くなってしまったから。
だから、約束を破らない限り――
データを外部に持ち出すことができなくなったんだ。
卒業するときに、親御さんに話せばよかったのかもしれない。
次善の策として、ご遺族に了承を得るのが、一般的な考え方だと思う。
むしろ事情を話して、親御さんに写真や動画をお渡しするべきだったんだ。
だけど、それぞれの進路を控えていた部員たちは、
その重苦しさに、向き合う気力を、どうしても捻出できなかった。
どうしようもなく……気が重くて……。
何もかもが、先延ばしになってしまったんだ。
そしてね、その年を最後に――このパソコン部は廃部になった。
これは電力制限とは、全く関係のないことで。
部員たちにとって、その子がいなくなってしまったという現実が、
あまりにも悲しくて、辛くて……。
この場所に足が遠いて、自然消滅のかたちで活動停止になったんだよ。
そしてこの時の、パソコン部の部長はね。
海外の大学に留学すると同時に、危機管理システムの開発なんかにも関わって、割と大きな成功をおさめたんだ。
それで今では、毎年欠かさず、この学校に高額の寄付をしていて。
この部屋に冷房を効かせることも、寄付とともに添えられているお願いらしいんだよ。
――そこまで語ったあまみは、
ふぅ、と小さく息を吐いた。
そしてまた、心を落ち着かせるかのように、
アイス液入りのジップロックを、もみもみしている。
そして揉みながら、少しさみしそうな声で、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。
「……なんかさ~、ちょっと……勝手に想像しちゃうかも。
その部長さん、その女の子のことが好きだったのかな……って」
私は「うん、そうだね。そういう可能性も否定はできない、かもね」と
少し曖昧に答える。
そして、いま聞いたばかりの話を、頭の中で整理していく。
……つまり。
パソコン部の“凍結”は、見せしめなんかじゃなくて――
むしろ、ちょうどいい「隠れ蓑」だったんだ。
「KEEP OUT」――立ち入り禁止にするための、口実として。
7年前の2026年当時なら、気温上昇によるデータ破損は、
まだそれほど深刻には受け止められていなかったはずだ。
だが、その後、坂を転がるように環境は悪化した。
前代未聞の異常気象が増え、
猛暑日(35度超)、酷暑日(40度超)すら「まだマシ」と思えるような時代へ。
そんななか、大切なデータを、高温対策が施された新型の記録媒体に移すこともなく、
――あの日の約束どおりに――
本当に「そのまま守る」には、冷房を効かせるしかなかったのだろう。
熱と湿度が管理され、運が良ければ、2026年当時のSSDに保存されたデータは、
十年以上保たれる可能性がある。
そして、異常気象は今も続いている。
気温はますます乱高下し、予測はつかず、
辛うじて、あの粒子の効果に救われている状態。
だからこそ、あらかじめバッファを取るように、
冷房は、いつもかなり強めに設定されていた。
……そういう、ことだったのか。
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