09 閑話休題。


閑話休題。


さてここで。時系列をちょっとだけ戻そう。

私――スミナは、少しだけ隠しごとをしてしまった。


「本部」に報告するときのためにも、

見栄は張らず、己の恥ずかしいことも忘れず、よく覚えておきたい。


今回、あまみから出されていた謎の終着点が、

「パソコン部」と判明したとき――


実は私は、急速に急激に……落ち込んだ。


そして、パソコン部に行く前、

調理室の片隅で

実は……ひと悶着もんちゃくがあったのだ。


いや、違うな。

「悶着」という言葉には、お互いの感情がもつれる、といった意味合いがある。

あまみは何も悪くない。

私ひとりが、勝手に、心のバランスを崩してしまったのだ。

いわゆる自滅。


そのときの様子も、決して忘れずに心に留めておきたい。



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調理室の片隅にて。


あまみが手にしている鍵。

その鈍く光る金属の鍵を見て、私は思う。


(それが……パソコン部に入るための鍵。

そっか。この謎の正解ルートで、行きつく先は、あのパソコン部……)


そうして、ふいに言葉が漏れた。

「ここに来るまで、随分、長かったなぁ……」


自分のその言葉に、ショックを受ける。そうだ、長かった……。

急に、急激に、奇妙な思考に蝕まれた。

「無駄だった」とか「回り道だった」とか、

そんな言葉が、瞬時に私の心に巣を作る。


楽しんでいたはずなのに、謎を。

それなのに、なんだか

無駄な時間を過ごしてしまった気がして。


あれ……? じゃあ、全部いらなかった……?

無駄な回り道だった……のかも……。

どら焼きも、スモアも、トライフルも、臼と杵も、不思議な木の実も、

Q&Aの質問も、保健室の話も……。


いったん、集中力が切れてしまったせいだろうか。

そんなことをぐるぐると回想しながら、なんだか妙に、

急にみじめな気持ちになってきて。


吐き出した一言が、これだ。


「なんで、私は、こんなに……

こんなに、回り道をして……

……要領が悪いんだろ……」


泣き言のように、吐露していた。

愚かなのか、私は。

ほんとうに愚かだ。


自分で謎を求めておいて、あまみに構っておいてもらいながら。

あんなに2人で盛り上がって、楽しかったのに?


なぜか本当にこの瞬間は、

何もかも無駄な回り道を「踏んでしまった……」と

思い込んでしまった。


あまみは、愚痴って感情をぶつける相手じゃないのに。

そんなことは、本部のカウンセラー相手に話せばいいのに。


感情をぶつけられたあまみは……一切、動揺しない。

というか、きょとんとしている。


やがて、深く静かに問いかけてきた。

「回り道……。んーっと、本当に? 本当にそう思う?

この調理室で、たくさん話したこと、盛り上がったこと。

無駄だったの、かなあ?」


全く責めない。包み込むような、労わるような声。


「アタシは……楽しかったよ。

次の甘味部のアイデアにもなったし、

ほんわか先生のこととか、ママのこととか話したり、

このアザも見せる流れになったし。


スムーズにスマートに、一直線に、真相にたどり着いたよりも、

きっとずっと、仲良くなれたよ。

……積みあがったんだよ」


そんな言葉を、うつむいたまま、聞き取る。


「ご、ごめん……」と言いたくて、

でも、もっとちゃんとした言葉を紡ぎたくて。

だけど言えない。


あまみの言うことは、絶対的に正しい。


真実や成功に早くたどり着くことも大事だけど。

なによりも、それまでの過程が大事なんだ。自分の血肉になるんだ。


でも……、でもね、それは、

“時間がある人に許された特権”なんじゃないかな、

なんてことも、同時に思ってしまうんだよ。


私は、私には……。

積み上げている時間なんて、あるのかな?

試行錯誤が許されるほど、残り時間があるのかな?


私は、本当はここにいる「だけ」の人間ではない。

目的があるのに。使命があるのに。


女子高生の日常なんて、世を忍ぶ仮の姿で。

こんなこと、本当はこんなことしてる場合じゃ、ないのに……っ。


――託されている、期待されている、背負っている。

なのに、なんの手掛かりも掴めなくて。

まるで、試行錯誤という名の……現実逃避を繰り返している。


どうすればいいんだろう。

でも、まず――きっと、やるべきことは、これだ。


使命がどうこうより、

まずは目の前の人を大事にするべきなんだ。


言葉を選びたくても、うまく選べない。

混乱のまま口にする。まるで見苦しい言い訳ならべだ。


「ごめん、ほんとにごめん……。変なこと言ってしまって。

なんか最近、色々悩みが多くて、うまくいってない気がして。

何も……前に進んでいなくて。


悩みっていうのは、テストとか成績とか、家庭の事情とかでもなくて、

うまく、説明できないことなんだけど……」


うつむき続ける私に、

ふわっとパステルカラーの気配が寄り添う。


「よーしよし。スミナがどんな事情を抱えてるかはわかんないけど、

とりあえず、今日は後で、アイス一緒に食べよ」


そう言っては、パタパタと少し走っていき、

すぐに戻ってくる。

「これっ、もうすぐ完成しそうだからね~。

さあ、もみもみしてごらん!」


ジップロックに入れられた、冷たいアイス液を渡される。


もみもみ……。冷たくて、少しずつ固まってきてて、癒される。

指先が冷たくなるのも、冷静になれて気持ちいい。

それに、揉むことで、美味しいアイスができあがるなんて、前向きだ。


もみもみ。


もみもみ。


もみもみ。


……ちょっと面白いな、これ。

手先を無心に動かすのはメンタルに効くらしい。


少し落ち着いた心で、先ほど感じたことを口にする。


「……ところで、あまみって、

まるでカウンセラーの心得があるみたいだった。

さっきの“本当にそう思う?”って言ったときとか」


そうなのだ。

「本当にそう思う?」なんて、口調によっては

責めて詰められているようにしか感じないはずだ。

でも、なぜか、そんなふうには思えなかった。


あまみは、あわわと照れたように手を振る。

「あっ、あれは……とっさに無意識に出た“真似”なのかも。

ほら、さっきの話した保健室の、ほんわか先生。


アタシもああ言われて、それがイヤじゃなかったから、

無意識に思わず真似てたり、自己表現のストックになっているのかも。

ん~。だとすると……」


だとすると……?


『無駄に思えた保健室ルートも、

やっぱり無駄じゃなかったよね』


あまみのそんな言葉が優しく振ってきて、

とても素直に――うなづくしかなかった。


そうして、うなづいたまま、照れ隠しにアイス液を

もみもみ。もみもみ。もみもみ。


それから私たちは、調理室を出発したんだ。

パソコン室についた頃には、もう、すっかり心の整理はついていた。

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