08 まるで魔法のステッキみたいだ。


塩と氷の入った大きなボール。

そのボールの中で、少しずつ冷えて固まりつつある

ジップロックに入ったアイスの液。


それから、アイスを食べるとき用の

銀色の長いスプーン。


そんなアイテムたちを手にして、

あまみと私は、廊下を歩いていた。


「私が持つよ」と言い出した関係で、

大きなボールの方は、私が抱えて運んでいる。


あまみの持ち物は、長いスプーン1本だけ。

いや、例の鍵も、か。


フンフーン♪ と鼻歌交じりに、スプーンを振るあまみ。

まるで魔法のステッキみたいだ。


「ちょっとの量だったら、すぐに凍るらしいんだけど。

でも、アタシたち2人で、たーっぷり食べられるように、たくさん作ってるから。

だから凍るまで、まだまだ時間がかかっちゃうかも~」


そんな雑談をしながら、私たちが向かっているのは――あのパソコン部だ。

本当にそんなに涼しい……のだろうか。まさか。

まだ半信半疑だ。


「ちなみに、あの部屋が涼しいってことは

アタシもたまたま知ったんだよー。野良猫がきっかけだった」


へ? 猫??


私の疑問に答えるように、あまみは詳細を語ってくれた。


「ほら、今日も、スミナが座って読書してたとこ。

あの辺でよく野良猫を見かけるんだけど~。


少し前の放課後に、その猫ちゃんが、

たまたま校舎内に入ってきちゃってるのを見かけたの。


あらら、可愛いな~と思って眺めてて、ちょっと心配だし、

どこに行くのかな~って見守ってたら……

なんと! あのパソコン部の付近に猫まっしぐら。

ドアは開けられなくても、微妙な冷気とか感じられたのかな。


そんな猫ちゃんきっかけに、アタシも、あの部屋が涼しいことに気付いて、

職員室のスペアキーとか、グレーなことをごにょごにょ……というわけ。


とにかく猫に感謝だよ。

猫は涼しい場所を見つけるのが得意、っていうもんね~」


そんなことを聞いているうちに、

ついに……パソコン部の前に到着した。


黄色と黒の『KEEP OUT』立ち入り禁止テープ。


口角上がりすぎの笑顔過剰キャラによる、

『電力完全停止★ありがとうステッカー』


いつも「物悲しい……」と感じていた光景。


これらはなんだか、悲壮感と悪夢みがあって。

それほどじっくりとは、観察したことがなかった。


しかし、立ち入り禁止テープはよく見ると、少し剥がれかかっている。

容易に剝がしたり、また貼りつけたりできそうだ。

つまり……出入りできそう。


「さあ、まずは窓を、そっと触ってみて。

最初に猫に導かれたとき、アタシもそうしたから」


あまみの声に、背中を押されるようにして


窓に、触れる。


……その瞬間。

冷たさが指先に、手のひらに、伝わった。


この部屋は、確実に冷やされている。

しかも、かなり強く。


そして何より、その窓に触れた途端、



――心が跳ねた。



「……どしたの? なんか……嬉しそうだね」


そうか、私は嬉しいのか。


「うん、嬉しい……のかも」

この部屋が冷たいなんて、思ってもみなかった。

つまり、この展開は予想外。


この世界に、「予想外」があることが、

私は嬉しいんだ。とても。


だって、それは……。

この時代に「予想外」があることは――

予測は絶対的ではない。

未来は変えられることの、証左でもあるから。


「早く、中に入ってみたい」


思考がそのまま、口に出る。

そう。早く中に入ってみたい。

この曲がりくねった謎の終着点である――パソコン部。


私の希望に、こくんと頷き、

あまみが「はーい♪」といそいそと行動してくれる。

立ち入り禁止テープを、手慣れた動作で剥がす。

そうして、鍵を使う。


――カチャリ。


扉がゆっくりと開かれる。

ひんやりと漂ってくる冷気に、思わず身震いがした。


空には、乱反射する化学的な粒子が撒かれる、この時代。

あの粒子は、暑さをしのぐ対策のひとつとなっている。


画期的な方法と謳われているものの、

それでも地味に、常にちょっと暑くて。効果の限界が近づいてて。

もう誰も、空なんて見上げたくない世の中で。


そう。このちょっと暑い世界で。

学校で、こんな贅沢なほどの、冷気だなんて。

どう考えても、


……異常だ。


ねえ。ここには、

いったい何があるの――?

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