03 理詰めで辿り着く、甘いもの。


さて。


さらっと放たれた、何気ない一言でも――


その「言葉の意味」を丁寧に考えていくと、

案外、思い込みや、無意識のズレがあるものだ。


例えばさっき、あまみはこう言った。


『しばらく火は使わないっ!!!!!』


――確かに、今日は“火”は使わないのだろう。


では、“熱”は?


そう問いかけると、あまみはぽかんとした顔をした。


「へ……? どういうこと?」


考えるような少しの間があって、それから戸惑うような声が続く。


「熱って……あー、蒸気とか?

でも、火を使わないと、蒸気って出ないし……。

ああ~、蒸す系の点心の甘いものも大好きだけど……」


またもや、ぽわわ~んと夢の世界へ旅立ちそうな顔。

慌てて、私はプレゼンする。


いや、例えばね――

このテーブルクロスの下に、

マシュマロとと、ビスケットとチョコが隠されていたら?


「んんんっ!!!???」


あまみが、びくっと反応して前のめりになる。


目がきらきらと輝いて、夢から現実へと帰還。

完全に食いついてきた。


「虫眼鏡で太陽光を集めて、マシュマロをじわじわ溶かす。

で、チョコと一緒にビスケットに挟む。そうすれば――」


私の説明が終わらないうちに、あまみが叫ぶ。


「スモアだ!」


そう。アメリカ発祥、キャンプにぴったりの甘いおやつ。スモア。


「電気も火もダメ」と言われると、

つい“熱”が使えない気がしてしまうけれど――


虫眼鏡なら、ノン電気・ノンファイヤー。


まあ、実際に「マシュマロが美味しくとろけてくれるか」は、

正直……あやしいけど。


あまみは、ふふふと楽しそうに笑って、


「成功するかどうか含めて、気になるよ~!

虫眼鏡でマシュマロ作戦、いつかやってみたいっ。

でもまあ……残念ながら、スモアは不正解~♪」


喜んでくれたのは嬉しいが、これもハズレか。

まあ、スモアもさっき否定された“挟む系”の一種だしな。


「となると……」


小さく呟く。

まるでとどめを刺すかのように、私は“あるデザートの名称”を口にしようとしていた。


実は、最初から――心当たりはあったんだ。


いまは「足りない」時代。

電力が足りず、この調理室では冷蔵庫も使えない。

だからこそ、冷蔵・冷凍を前提とした食材は扱えない。


常温で保てる材料しか使えない。


でも、そんな状況だからこそ映える――

この時代の価値観と合致しそうな……甘いものが、ある。


私は、必殺の呪文を唱えるように、その名を告げた。


「――トライフル」


その瞬間。


「ほうっ!!」


あまみの顔がぱぁ~っと明るくなった。

まるで桜が開花したみたいに。

瞳が輝いて、口元がゆるんで、反射的に体を乗り出す。


「さっすがスミナ! トライフルをあげてきたってことは……

その意味も知ってる、ってことだよね?」


「まあ、ね」

そう軽く返すと、

あまみは、キラキラと熱のこもった瞳をこちらに向けてくる。


「でもねでもね、聞いて聞いてっ!

スミナはとっても物知りさんだけど、

それでもアタシの“甘いもの講座”は聞いてもらいますっ♪」


そんなことを言っては、カバンから筆記用具を取り出すあまみ。

そうしてカラフルなペンを手にしては、

鼻歌交じりにノートにスラスラと何かを書きはじめた。


「トライフルは“お手軽で簡単なパフェ”って言っちゃうとわかりやすいけど。

でもそれじゃ誤解も招くよね~。本当は、材料や背景にも違いがあるし。

だけど、深く語るとキリがないから、ここではちょっとだけ紹介ね。フフフーン♪」


やがて完成したまとめノートには、こんなことが書かれてあった。

愛くるしい手書き文字。そして2つの国旗のイラスト、

それぞれのスイーツのイラストも添えてある。絵、うまいな。


--------------------

〇パフェ(フランス発祥)

フランス語の「パルフェ(parfait)」に由来。

意味は「完璧な」♪

英語でいう「パーフェクト」ってやつだね。


〇トライフル(イギリス発祥)

「Trifle」は、

「ありあわせ」「つまらないもの」「ささいなもの」って意味♪


<POINT!>

★トライフルは、わざわざスポンジ生地を焼いたりしない。市販のでOK!

★パフェは冷たいデザートだけど、トライフルは「常温」でも楽しめちゃう!

--------------------


あまみは、ノートを指さしながらイキイキと語りだす。

「こうして見ると、それぞれの国の歴史とか、文化の違いも見えてきそうじゃない?

甘いものって、歴史とめっちゃ深く結びついてるからね~。

糖……。甘味……。それは人間の欲であり、業であり、労働の支え……っ!」


なんかもう、糖分への情熱が、ノートやセリフから溢れだしている。


「とまあ、そんなわけで! この「トライフル」ってさ、

『完璧じゃなくっていいから、あるもので作っちゃおうよ』っていう、懐の広さを感じるよね~」


わかる。

だって、言葉の意味が「ありあわせ」などと庶民的なのだから。


スポンジ生地は、市販のもの。

果物も冷えてなくてもいいし、缶詰も許されそう。

そして、個包装のジャムでも用意したら楽しそう。

生クリームではなく、常温可能なホイップクリームでも良いのだし。

ラム酒は無理でも、カスタードは無理でも、足りなくても用意できなくても、

「ま、いっかー!」と、明るく前向きに思えそうだ。


「もっちろん、お店で売ってるみたいな

豪華なトライフルも、それはそれで素敵なんだけどね~」

そう言いながら、うっとりするあまみ。


でもまあ、今日はここで、庶民的なトライフルを味わおう。

それはそれで、十分に美味しくて、楽しくて、特別なものになりそうだ。うん。


……なーんて、本日のこれからの活動に思いを馳せていると……

あまみは意外すぎる一言を、放り投げてきた。


「でもまあ、“トライフル”は、答えとしては不正解なんだよね~」


申し訳なさそうに、それでいて、愉快そうにえへへと笑う。


――は?


ハズレ? これだけ盛り上がったのに?


さすがに、動揺する。

口元に手をあてるのは、本日3度目だろうか。


ちょっと落ち着いて、あらためて考えてみよう。


……あまみは「ひと手間かけて作りたい」と言っていた。

でも、調理するための、電気も火も使えない状態。

それでいて、素敵な甘いもの……とは?


そもそも、使ことが手痛いハンデだ。

「冷やす」が一切できない。

ゼリー、ムース、ババロア、などは全部アウト。


いや、待て。

保温できる水筒を使って、お湯をどうにか自宅から持ってくる……?

そして、粉ゼラチンを溶かして、手作りグミ……?

いや、その場合もやっぱり冷蔵庫がある方がいいような。


そこまで考えて。

……ふと、私はある可能性に気付いた。

「ひと手間かけて」の「手間」とは、何だろうか?

私は無意識のうちに、バイアスの罠に陥っていたのではないだろうか。


つまり、小柄で可愛い女子高生のあまみに相応しい「ひと手間」とは、

丁寧に包むとか、デコレーションするとか、粉をふるとか混ぜるとか、

そういうことだと思い込んでいたのではないか。

しかし、もっと力強い「手間」もあるはずだ。つまり――


「……突くのか?」


蒸したもち米を持ってきていて、

今からうすきねで突く!!!??? 突きますか!?

それなら、電気使わないし!


でも、この調理台のこのテーブルクロスの中身、

どう考えても、臼と杵の大きさじゃないよね!!??

そもそも、どうやって運んでくるの? 引っ越し業者に依頼するレベルだよ!??


うぅーん……。一体なんなんだ。

考えられる可能性は、結構、網羅した……つもり、なのに。


行きづまったかに思えた、そのとき

(あ、もしかして……!)と私は閃く。

あのキャラのように、頭の上に電球が出たかのよう。


そうだ、もっと視野を広げるべきだったのだ。

この広い世界の、どこかの暑い国では、

私の知らない“甘いもの”が人々に愛されているのかもしれない。


漠然としたイメージだけど……。なんか、こう……。

南国の木の実をナタで叩き割る、みたいな?

それでストローをぶっ刺して飲む、的な?


よし。これも、フィジカル的にひと手間だ。

つまり、この白いテーブルクロスの下にあるのは、

不思議な木の実と、かち割るためのナタで、確定!?

私の知らない、未知の……エキゾチックな南国的なスイーツ…ッ!????


そんな思考を、口にしつつ垂れ流していたが、


「ぷっ、……あはははは!!!!」

あまみの反応を見る限り、ハズレ以外の何ものでもないらしい。


だ、だめだ。悔しいが、わからない。

もしも私の頭上に「?」マークが可視化されるとしたら、

その数は増幅する一方だろう。


「んじゃ~、正解発表いってみようか」


座っていたあまみが、ぴょんっと立ち上がる。

白いテーブルクロスを取り上げる準備のように、

布を両手でそっとつかむ。


「確かに、どらやきも、スモアも、トライフルも素敵だよね~。

ついたお餅も、ナタで割った南国の木の実も、きっと。


でもねえ、スミナ? アタシは今日、スミナに

“歴史的証人になって欲しい”って言って、連れて来たでしょ」


確かにそうだった。ならば、もっと驚くべきメニューなのか。

この電力制限下での「甘味部の歴史」に残る、驚くべき甘いもの……。


「さあ、本日の“ノン電気”な甘いものはーーー?」


そう言ってあまみは、調理台の上の白いテーブルクロスを引く。

いよいよ、お披露目とばかりに。

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