02 すでに謎は始まっているのだ。
『甘味部』の拠点である調理室にて。
私とあまみは、ひとつの調理台をはさんで、向かい合うように座っている。
その調理台の上には、
置かれたすべての物体――器具や材料の凸凹をすっぽり覆い隠すように、
でっかくて立派な白いテーブルクロスがかけられていた。
つまりまあ、すでに謎は始まっているのだ。
目の前に横たわる白い
その下には、おそらく今日作る「甘いもの」の材料や、
調理器具などが潜んでいるのだろう。
言い換えれば、いま私に提示されているのは――
今日作る「甘いもの」は、一体なんでしょうか~?
という形式のナゾ、なわけだ。若干クイズ寄りだけど。
実際、さっきあまみがそのままのセリフを言ったばかりだ。
「今日も、もちろん『ノン電気』な甘いものだよー」と、嬉しそうに。
しかしながら、白い布のふくらみ具合や凹凸からは、
さっぱり中身の予想がつかない。
ふう、と息をついて。
私はゆっくり歩き出すように、思考を言葉にしていく。
「……まずは、状況確認から、だね」
もちろん、この調理室も放課後は電気が使えない。
入り口のドアには、あの忌まわしき「デンキュー☆サンキューくん」のステッカーが貼られていて、
『電力完全停止★ありがとう』の文字が、これでもかと目に飛び込んでくる。
つまり、この部屋に電気は通っていない。
おそらく、校内の分電盤によって、放課後の時間帯にはブレーカーが自動で落とされる仕組みなのだろう。
しかも、冷蔵庫にも、電子レンジにも、オーブンにも、
はたまた、ハンドミキサーやフードプロセッサーにまで――
いちいち、デンキュー☆サンキューくん(ミニ版)のステッカーが貼られているのが、地味に腹立つ。
冷蔵庫のプラグも、さも当然のようにコンセントから抜かれているし。
放課後どころか、これはもう――“24時間、調理室の電気は使用不可”ということらしい。
まあ近年では、調理実習の授業のときだけ、必要最小限に稼働させてるのかもしれない。
でもとにかく、部活で使うのは、完全にアウト。
はいはい、冷蔵庫や電動調理器具、
つまり電気を使う系は一切NG――それは、よーくわかりました。
そんな私の「状況確認」に、あまみが弾むように相槌を打ってくる。
「そうそうっ、その通り~。
ちなみにね、ここってガスコンロじゃなくて……IHなんだよー。
非常~に、非情~に、残念なことに」
……なるほど、それは痛い。
この電力不足の時代になってみると、
「なんでガスじゃなくて、わざわざIHにしちゃったかなぁ?」という気持ちも湧く。
でも、そこを責めるのは酷だろう。
学校の改装時期には、それが最適解だったんだ。
……良かれと思ってやったことが、悪い結果となる。
そういうことは、ままある。
あまみは、ちょっとした回想口調で続ける。
「んでさ~。まあ、電気が使えなくても“キャンプのノリ”でいいじゃん! って思って。
自分でカセットコンロ持ち込んだり、ミニバーベキューセットで、炭火で甘いもの作ったりしてたんだけど~」
……そう。そのバーベキューセットが若干アレな安物だったせいか、
足の部分がささいな衝撃でガタンと外れて、炭が床に転がって――
床に、美味しそうな……焦げ目が……。
あまみは、懺悔モードの顔で、
両手を胸の前であわあわと動かしている。
「あれは、本気で反省した!!! しばらく火は使わないっ!!!!!」
――というわけで、今回は「電気を使えない」に加えて、
『火も使わない』という自主規制(反省風味)も追加されているというわけだ。
うーむ……。
決して探偵気取りではないけれど、
考えようとすると、自然と手があごや口元にいってしまうんだよな、私って。
「で、どうどう~?
どんな甘いものを作るか、見当はついた?」
謎の出題者であるあまみは、
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、こちらに視線を向けてくる。
ちなみにあまみは、決して「スイーツ」とは言わない。
いつも「甘味」とか「甘いもの」などと言う。
……まあ、何かしら言葉にこだわりがあるんだろう。
そう思った瞬間、ふっと別の切り口が浮かんだ。
そうだ、言葉。
『言葉の定義』も大事な要素じゃないか。
「甘いものを作る」と言うけれど、
その「作る」という言葉……。人にとって、解釈やイメージに幅がありそうだ。
今、国内ではこの高校のように、放課後の学校内では電力制限が一般的になっている。
では、学校以外はどうなっているかというと――
例えば、各家庭では「輪番停電」が行われている。
「あまみのご家庭も、そうだよね?」
私の問いかけに、あまみは丁寧に答えてくれた。
身振り手振りを交えながら、いつもの調子で。
「うん、そうだね~。地区ごとに、順番に計画的に停電していくよね。
でも、冷蔵庫のものが悪くならない程度の、数時間単位だし。
その間は冷蔵庫を開けずに、電気も使わずにやり過ごしてるよ。
うちはガス釜だから、その時間にお風呂に入ったりしてるし、
あと、充電してたランプの灯りで、お気に入りのレシピ本を眺めてもいいし。
もう慣れちゃった、って感じだよ~!」
そう。つまり――
家庭での生活には、あまり支障がない。
それなら、「家で何かを準備して、作って、学校に持ってくる」
――という行動も、じゅうぶん可能だ。
例えば……
家で“常温保存可能”な「甘いものの素材」をあらかじめ作っておく。
あんこを炊いて、どら焼きの皮も自宅で焼いておく。
それらを学校に持ってくる。
ちょっと気温は高いけれど、まあ、常温で悪くなるほどじゃない。
お弁当に使うような保冷剤があれば、放課後までは問題なく保てそうだ。
そして、放課後。
この調理室で、それらの素材――
あんこと皮を、ドッキングさせれば……
めでたく、どら焼きが完成! というわけ。
これも一応、「甘いものを作った」と言える、のではないか?
この路線で考えると、他にも「甘いもの」の候補は山ほど浮かんでくる。
などと、私が論理的に説明を進めていると――
「うえ~~。そんなの、つっまんなぁ~~~い!」
あまみは、眉を下げて心底残念そうな表情を浮かべた。
そして、勢いよく文句を並べてくる。
「むぅ~。あのさっ、手巻き寿司とか、オープンサンドなら楽しいけど、
どら焼きって、そういうのと違うじゃん?
どら焼きも大好きだけどさぁ~。
そりゃ、どら焼きの中身も最近は色々あるよ?
たとえば栗の甘露煮とか白玉とか、常温でOKなホイップクリームとか、
こしあんとか、粒あんとか、桜あんとか、
いろいろ選びながら、キャッキャしながら挟んだら……
……あれ……?
なんか、めっちゃ楽しそう……?
それもいいかも……。たのしそーで、おいしそー……」
ぽわわ~ん……と、幸せな夢を見ているかのように表情をゆるめる。
しかし、その直後、ハッと現実に戻ってきて、
あまみはピシッと強く宣言した。
「でもでも、とにかく今回は違うの!“挟む系”じゃなーーい!!
この調理室で、もっと、ひと手間かけて作りたいの!」
どら焼きはハズレ、か。
うーむ……。
再度、口元に手をやる。
じゃあ、次は――
あまみが少し前に言った「別の言葉」に目を向けてみるとしよう。
「えっ、アタシが言った“別の言葉”って?」
あまみは、きょとんとした表情で小首をかしげた。
その動きにあわせて、頭の亜麻色のお団子もふわっと揺れる。
ちなみに、あまみは私より背が低い。
でも本人は――
「お団子を上のほうにアップすると、だいたい同身長……っ!」
……などと必死に主張していたことがある。
ふふっと、思い出し笑いがこみ上げた。
まあ、それはさておき。
思考の続きを巡らすとしよう。
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