放課後は、電力が足りませんので。
隙名こと
01 撒かれている空と、放課後の裏側。
野良猫がフラリと歩いていそうな、高校の校舎の裏。
私は猫でもないのに、放課後になるとなぜかココに来てしまう習性をもつ。
そしてちょっとした段差に腰を下ろして、
のめり込むように、逃避するように……本を読む。
数十ページほど読み進めたところで、ふっと意識が止まった。
(ちょっと暑くて、ちょっと暗いな)
暗いのは、私の性格じゃなくて、本の内容でもなくて
――空だ。
視線を活字の羅列から引きはがして、上空へと滑らせる。
顔を上げる。
つい今日も思ってしまう。
思っても仕方がないことなのに。
(ああ、また……
「スミナ~! やっと見つけたよぉー!!」
私の思考をかき消すように、元気すぎる声が飛んできた。
振り返ると、制服にエプロン姿の『あまみ』が
やたら楽しそうに、しっぽを振るみたいに手を振っている。かわいい。
「あ……。クッキーを炭火で焼こうとして、校舎を焼きかけた、
コミュニケーション能力が、激しく不足している私の第一声。
そんなことは気にもせず、あまみは
「やー。あれは失敗しちゃった~。床に焦げ目つけても美味しくないよねー。
まあ、先週のことはジャブジャブ水に流して!」などと、のたまう。
あまみは、こんなご時世でも、意地で部活動をしている。
「甘いものを、作って食べて幸せになる」という指針の、
その名も『
ちなみに部員は、ひとりだけ。
――と言ったら、「スミナも入部してよ~!」と
マシュマロのような白いほっぺを膨らまされそうだけど。
あまみは、亜麻色の艶やかな髪を、
くるっと無造作&軽やかなお団子にまとめている。
光に当たると、さらに髪色が透けてほどけて、
まるで綿あめみたいだ、なんて思う。
リップやネイルなどはしてないのに、なぜかパステルカラーの気配。
空気を甘く和らげるようなオーラをまといながら、
大きな瞳をぱっとこちらにあわせてくる。
制服の上から、レース付きの白いエプロンをつけて。
その姿は、お洒落カフェの可愛すぎる店員さん、といった感じだ。
一方、私――「スミナ」はというと。
色彩でいうと、墨……かな。黒髪のストレートだし。
甘いものでいうと、黒い……
いや、ご贈答にも喜ばれるし、栄養価あるし。非常食とか備蓄にもイケるし。
決してネガティブな比喩ではない。
割と、誇りや自負もあるのだ。
ちなみにあまり、他人とは目を合わせないけど。
そんな黒い羊羹(これも悪くないだろ)のような私。
パステルカラーの住民の天笠あまみ。
あまみは、私の脳内で行われた、対比の比喩表現など露知らず。
私の腕を引っ張りながら、言い放った。
「それよりさ、今日も甘味部に来て。
スミナに……歴史的証人になって欲しいの!」
ず、随分とスケールの大きい言葉をぶつけてきたな。
それは、お願いというより、要請。
いや、ほとんど強制的な連行といった感じで。
私は、読みかけのミステリー小説を、
鞄に丁寧にしまうと。
あとはもう、あまみに引っ張られていくしかなかった。
◇◇◇
校舎裏から、甘味部の根城である「調理室」までは、近道もあり、そう遠くはない。
だが、そのわずかな距離のあいだにも、
今この世界が「電力不足」であることを、まざまざと思い知らされる。
――そう。
私たちの放課後には、電力が足りない。
はじまりは突然ではなかった。段階的だった、らしい。
電気の問題が深刻です。
みんなで節電しましょう。
まあ、ウォシュレットのトイレって贅沢だし、
ウォシュレットの電源、止めてもいいよね。
……そんな軽い調子で。
しかし今では、この校内で電力を遠慮なく使えるのは、
「勉学」と「命」に関わるものだけ。
特に放課後は。
さっさと家に帰りなさい、とでもいわんばかりだ。
この廊下を歩いてると、いやでも目に入ってくるものがある。
「パソコン部」の、物悲しさよ……。
明朝体で記された「第1端末室」のプレート。
その横に、『パソコン部』と書かれた、年季の入った手作り看板。
端末室は校内に複数あったが、
第1端末室は、いつしか使い物にならないほどの古い機材置き場に成り果てた。
そこを部室として、遠い昔にパソコン部が勝ち取った――らしい。
しかし、電力不足が本格化したとき。
――もう3年以上前のことだ――
真っ先にやり玉にあげられたのが、このパソコン部だったそうだ。
軽音部よりも、演劇部よりも、早く。
電力削減のための、最初の犠牲。
「まあ、常に電力を使いそうだし……?」という、雑な理由で。
いま現在、パソコン部の入り口の扉には、
明るくてどこか禍々しいステッカーが貼られている。
『電力完全停止★ありがとうステッカー』なるものだ。
頭上に閃いたとばかりに電球を浮かべ、
「節電協力ありがとう!」と謳う、
口角上がりすぎの笑顔過剰キャラクター。
通称、「デンキュー☆サンキューくん」
……悪夢みがあってコワイんだよな、こいつ……。
“電力完全停止★ありがとう”の文言は、
まるで「殲滅完了」という宣告っぽく見えてくる。
かくしてパソコン部は活動停止――凍結部だ。
そして、そのステッカーだけでは飽き足らないのか、
事件現場のごとく、黄色と黒の『KEEP OUT』立ち入り禁止テープまで、
ご丁寧にドアに貼られてるし。
さすが、最初にやり玉に挙げられた部だ。
今なお残る、過剰な演出……。
といっても、実際にこの廊下を通って、この物悲しい光景を見る者はほとんどいない。
校舎裏から調理室へとショートカットしたい、横着な生徒ぐらいだろう。
――そう、私たちのように。
「おー、今日もさすが、元気がいいね~♪」
前をぐんぐんと歩きながら、あまみがご機嫌そうに言う。
校舎内にいても、うっすら聞こえてくる、
体育会系部活のかけ声のことだろう。
ファイオー! ファイオー! とか、そういうの。
「そうだね。まあ、運動系は、体力は使うけど、電力は使わなそうだから。
それに、こんな時代だからこそ、体を動かすのが一番のストレス解消、ってのも……まあ、わかる」
そう理解を示しつつも、さっぱり運動しない私なのだが。
「ま。アタシのストレス解消は、甘味なわけだけど~」
あまみも、ふわっとコメントを付け加える。
電力を使わない文化系部活も、確かにあった。
ちょっと不自由でも、工夫で乗り切って、活動を続ける選択肢もあったはずだ。
なのにそれでも、文化系の部活動が次々と消えていったのは――
こんな空気が、校内に、いや世の中に蔓延していたからだと思う。
「なんか今の世の中、
そんななか、あまみは、意地で甘味部を続ける。
意志の強い活動家――もとい、部活動家、なのだ。
まあ、単なる「可愛い子」だけじゃないってのは、
短い付き合いでも、じんわり伝わってくる。
ひょんなことから、妙な時期にこの高校へ転校してきた私は、
猛烈に甘味部へ勧誘された。
甘いものは……あったら食べるけど……
ぐらいに消極的だった。
それでも、段々とあまみの勧誘に流されて、
入部しないまま、つい部室についていってしまうのは――
あまみが頻繁に私に、〇〇をくれるからだ。
〇〇という二文字は、もちろん「アメ」なんかじゃない。
飴ちゃんもらって、のんきに部活やってるほど暇じゃない。
あまみからもらう甘美なものは、
挑戦的な「ナゾ」とか、「驚き」とか、そういうもの。
そして私は、考えるのが好きだ。
……というより、
考え続けなければならないんだ。使命のために。
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