第10話 鋼鉄の錬金術

パート1:合理的救済

 警察少尉の肩章を得た俺は、工場の運営方針を劇的に転換した。

 ただ隠れているだけの「避難所」は、いつか監査によって崩壊する。俺が救った「資源」たちが、ナチス体制にとって「殺すにはあまりに惜しい価値」を持つことを証明しなければならない。

「いいか、これからは精密加工だ。マイヤー、以前鹵獲したソ連製の劣悪な砲弾や車両部品を集めろ。それを分解し、ドイツ規格の精密部品へと再構成(リビルド)する」

 俺は現代の生産管理の知識――「カイゼン」や「工程分離」を導入した。

 指先の器用な老婆には精密な配線修理を、読み書きができる若者には物流の在庫管理を、そして力のある男たちにはライン作業の効率化を徹底させた。

「ハンス……いや、シュミット少尉。あいつら、寝る間も惜しんで働いてる。あんたが『結果が出なければ広場送りだ』って脅したからな」

 マイヤーが、複雑な表情で俺に報告する。

 俺は冷徹に言い放った。

「それでいい。奴らが流す汗は、奴らが流すはずだった血の代わりだ」

パート2:SDの監査

 数週間後、ついにSD(保安部)の監査官が工場を訪れた。

 やってきたのは、ハンスの「甘い選別」を疑っていたロイター少尉と、本部の経済担当官だ。彼らは、工場に不釣り合いなほど大勢の「資源(現地人)」が溢れていることに、即座に不快感を示した。

「シュミット少尉。いくらなんでも『UK(不可欠な要員)』の登録数が多すぎる。ここは工兵連隊の作業場ではないのだぞ」

 ロイターが勝ち誇ったように帳簿を叩く。

 俺は何も言わず、彼らを工場の出荷棚へと案内した。

 そこには、油紙で丁寧に包まれ、完璧な検査証が添えられた**『無線機用真空管』と『精密燃料噴射ポンプ』**が整然と並んでいた。

「……これは、本国からの補給が滞っている部品ではないか。どこで手に入れた?」

 経済担当官が、驚愕してポンプを手に取る。

「手に入れたのではありません。ここで『廃棄物』から再生したのです。私の選んだ『資源』たちは、本国の熟練工に匹敵する歩留まり(良品率)を叩き出しています。……ロイター少尉、これらを広場に並べて撃ち殺すのが、果たして国家にとっての『利益』と言えますか?」

パート3:不可侵の牙城

 SDの経済担当官は、計算機を弾くような目で工場を見渡した。

 そこには、ハンスに「生かされる」ために死に物狂いで働く人々と、それによって生み出される莫大な軍需物資の山があった。

「……認めざるを得んな。シュミット少尉。貴様の『選別』は、情けではなく極めて高度な経済的判断に基づいているようだ」

 担当官は、ハンスの提出した「増員要請(さらに多くの住民をUK化する申請)」に、その場でHSSPFの承認印を叩きつけた。

 横で見ていたロイター少尉の顔は、屈辱で青白く染まっている。

「……お見事ですな、シュミット少尉。貴様は、この泥沼の戦場に、自分だけの『帝国』を作ったわけだ」

 ロイターが吐き捨てるように去った後、俺は一人、静まり返った工場に立った。

 生産ラインからは、機械が刻む規則正しいリズムが聞こえる。

「ハンス……いや、少尉殿」

 マイヤーが近寄ってきた。その手には、工員として救われた老婆が作った、不格好だが温かいスープが握られていた。

「あいつら、あんたのことを『緑の死神』って呼んでる。……けど、死神に縋らなきゃ生きられないこの地獄で、あんたが一番まともだってことも分かってるんだ」

 俺は黙ってスープを受け取った。

 圧倒的な結果を出すことで、俺は聖域を守り抜いた。

 だが、そのために俺は、何百人もの人間を「効率的な機械の一部」に変えてしまった。

 俺の手は、もう二度と油の汚れだけでは済まない。

 俺は、この「鉄の帝国」の玉座に座り続ける覚悟を決めた。

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