第7話 境界線の侵犯
パート1:鉄の掟と闖入者
深夜の工場に、暴力的なまでのエンジン音と、ブレーキを軋ませる音が響き渡った。
俺が跳ね起き、枕元のワルサーP38を掴むのと同時に、工場の重い鉄扉が蹴り破られた。
「動くな! 検閲だ!」
入ってきたのは、国防軍(ヴァアマハト)の野戦憲兵たちだった。
ゴルゲット(金属製の胸当て)を月明かりに光らせた彼らは、俺が「聖域」として守ってきた作業場に土足で踏み込み、備品を蹴散らしていく。
「貴様ら、何の真似だ! ここは秩序警察(オルポ)の管理下だぞ!」
奥の部屋から飛び出してきたマイヤーが叫ぶが、憲兵の軍曹は鼻で笑い、彼を銃床で突き飛ばした。
「警察だと? ここは今や国防軍の作戦領域だ。不審な物資の横流しがあるという密告があった。……おい、シュミットとかいう『処刑人』はどいつだ」
パート2:権限という名の盾
俺はゆっくりと立ち上がり、憲兵軍曹の前に立った。
彼らの目的は物資ではない。急速に力を持ち始めた「ハンス・シュミット」という生意気な予備警察官を叩き潰し、警察組織から工場の利権を奪い取ることだ。
「……自分です。軍曹殿、野戦憲兵が警察の管理施設を捜索するには、師団司令部か、あるいは我々のSS少佐(シュトゥルムバンフューラー)の許可証が必要なはずですが?」
俺が冷静に法律(組織の縄張り)を説くと、軍曹の顔が歪んだ。
「能書きを垂れるな。貴様がディルレヴァンガーの狂犬どもと通じているのは分かっている。奴らの略奪品をここに隠しているんだろう?」
彼らは工員として隠していた現地の少年たちを無理やり引きずり出し、床に這いつくばらせた。
「ほら見ろ、不審な現地人を匿っている。……これはスパイ幇助だな。その場で射殺しても文句は言えまい」
軍曹が引き金に指をかける。
マイヤーたちが絶望に顔を歪める。だが、俺は確信していた。この憲兵たちは「一線を越えた」のだ。
パート3:毒には毒を
「……撃てばいい。だが、その瞬間に貴方は死ぬことになる」
俺の声があまりに平坦だったからか、軍曹の手が止まった。
俺は懐から、あのディルレヴァンガーが殴り書きした通行許可証と、もう一枚の「記録」を取り出した。
「それは、ディルレヴァンガー部隊の直轄協力施設であることを示す証書だ。……そしてその記録は、貴方の中隊が先週、軍の燃料を密造酒と交換した際の輸送リストだ。……言葉がわかると、色んな秘密が耳に入るんですよ、軍曹殿」
憲兵たちの間に、動揺が走る。
俺は軍曹に近づき、耳元で囁いた。
「今ここを立ち去れば、貴方の汚職は見逃してやる。……だが、俺の『聖域』に傷をつけた報いは受けてもらう。……明日までに、奪った分の倍のガソリンをここに届けろ。さもなければ、この記録をSSの保安部(SD)に届ける。警察を敵に回すのと、SSの拷問室へ行くの、どちらが好みだ?」
軍曹の顔から血の気が引いていく。
国防軍の威厳も、警察のプライドも、この泥沼の戦場では「弱みを握った者」の足元に跪く。
憲兵たちは、一度も後ろを振り返ることなく、逃げるように工場を去っていった。
「……ハンス、お前……あんなリスト、どこで……」
震えるマイヤーを無視して、俺は泥だらけの床を眺めた。
俺は聖域を守った。だが、そのやり方はもはや正義とは程遠い。
俺は大隊内の権力争いを超え、組織間のドロドロとした闇の支配者への一歩を踏み出してしまったのだ。
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