第6話 灰色の余暇
パート1:泥と安酒の匂い
工場での「内戦」にひと段落をつけ、俺は大隊の数人を連れて、駐屯地近くの村にある居酒屋へと向かった。
そこは、戦火を逃れた古い石造りの建物で、煤けた天井からは干し肉と埃の匂いが混じり合って漂っている。
「ハンス、今日は本当にいいのか? 曹長の目を盗んで、こんな……」
マイヤーが、周囲を気にしながらおずおずと尋ねる。俺はディルレヴァンガーから手に入れた銀貨をテーブルに叩きつけた。
「いいから飲め、マイヤー。曹長の機嫌を伺うより、俺の顔色を伺う方が、今は賢い選択だ」
運ばれてきたのは、水で薄めたようなひどいビールと、酸っぱいワインだ。だが、死の臭いが充満する戦場において、この「日常の不味さ」こそが、唯一自分が人間であることを思い出させてくれる。
男たちはすぐに酔い、昨日の虐殺も、明日の行軍も忘れたかのように、ハンブルクの家族や、かつての女たちの話を始めた。
パート2:売られる体、買う正気
酒場には、数人の女たちがいた。
現地の村人か、あるいはどこからか流れてきたのか。彼女たちは、飢えを凌ぐために、支配者である俺たちの顔色を窺いながら、薄暗い部屋の隅で客を待っている。
マイヤーが、一人の若い女の肩を抱いて奥の部屋へと消えていった。
それを眺める俺の隣に、一人の女が座った。名前も知らない。ただ、その瞳には、広場で俺が撃ち抜いた男たちと同じ、深い絶望が宿っていた。
「……何か飲むか」
俺がカタコトのポーランド語で尋ねると、女は驚いたように目を見開いた。
「言葉が、わかるの……?」
「……仕事でな。それ以上は聞くな」
俺は彼女に、自分が飲むはずだったワインを差し出した。
彼女を買うこともできた。だが、今の俺に「抱く」という行為は、あまりに重すぎた。ただ、誰かと「言葉」を交わすことで、自分の正気がまだギリギリのところで繋がっていることを確認したかっただけなのだ。
女は震える手でグラスを受け取り、一気に飲み干した。その姿は、俺が守ろうとしている「聖域」の綻びを突きつけてくるようだった。
パート3:冷めた夜の帰り道
深夜。酔い潰れたマイヤーたちをトラックの荷台に放り込み、俺は自分でハンドルを握って工場へと戻る。
月明かりに照らされたポーランドの原野は、死体のように静まり返っていた。
「ハンス、俺……さっきの女に、娘の話をしちまったよ」
荷台でマイヤーが、泣いているのか笑っているのかわからない声で呟いた。
「……あいつ、俺が昨日何をしたか、知らねえんだ。俺が子供を撃ったその手で、あいつを抱いたなんて、夢にも思わねえんだよ」
俺は答えなかった。
酒を飲もうと、女を買おうと、グリーンの制服に染み付いた血の臭いは消えない。
俺たちが買っているのは、快楽ではなく、「自分はまだ人間だ」という、あまりに高く、脆い嘘だった。
工場の入り口が見えてきた。
俺はトラックを停め、深夜の静寂の中に一人降り立った。
明日には、また「処刑人シュミット」を演じなければならない。
その仮面を被る前に、俺は冷たい夜気に身を委ね、一度だけ深く、吐き捨てるようなため息をついた。
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