第5話 不協和音
パート1:歪んだ特権
ディルレヴァンガーの通行許可証が工場の入り口に掲げられてから、俺を取り巻く空気はさらに毒々しいものに変わった。
大隊の連中は、俺を「処刑人」として恐れるだけでなく、「狂犬の情婦」でも見るような、卑しめるような目で見るようになったのだ。
「シュミット班長、えらく羽振りがいいじゃないか。ディルレヴァンガーの連中から、美味い酒でも回してもらったのか?」
嫌味を投げつけてきたのは、第1中隊のホフマン上級曹長だ。
彼は第一次大戦からの生き残りで、規律と階級を絶対視する男だ。現場叩き上げの彼にとって、一介の予備警察官がSS少佐やディルレヴァンガーに目をかけられ、独立した工場を構えていることが、我慢ならない屈辱だった。
「酒はありません、曹長。あるのはトラックの廃油だけです。……御用件は?」
俺が事務的に返すと、ホフマンの顔が怒りで赤黒く染まった。
パート2:物流の兵糧攻め
「生意気な口を叩くな。……今日から、この工場への資材供給は制限される。トラップ警部補の許可は得てある。最前線の車両整備が優先だ。貴様の『個人的な趣味』で動かしているこの場所に、貴重なゴムと燃料を回す余裕はない」
明らかな嫌がらせだった。資材が止まれば、工場はただのガラクタ置き場になる。そうなれば、俺がここに囲い込んでいる「協力者」たちの食い扶持も、彼らを「工員」として偽装する大義名分も失われる。
ホフマンは俺の足元に唾を吐き、勝ち誇ったように笑って去っていった。
背後でマイヤーたちが青ざめた顔で俺を見ている。
(……組織の腐敗は、戦場よりも早いな)
俺は現代の知識で知っている。組織内の対立が、どれほど無意味な犠牲を生むかを。
だが、俺には現代の「サラリーマンとしての世渡り」と、この時代の「血の処世術」がある。俺は椅子に深く腰掛け、手元にあるディルレヴァンガーの通行許可証を眺めた。
「マイヤー、工場の奥にある隠し酒を出せ。……それと、第2中隊の若手、ロイター少尉をここに呼んでこい。あいつはホフマンと折り合いが悪い」
パート3:汚れた毒を以て
数時間後、やってきたロイター少尉は、俺が差し出した高級なウィスキー(ディルレヴァンガーからの略奪品)を前に、鼻を鳴らした。
「……シュミット、貴様は何を企んでいる。曹長を怒らせて、資材を止められたそうじゃないか」
「企んでいるのは、大隊の『効率化』ですよ、少尉殿。ホフマン曹長は古い人間だ。物資を抱え込んで、自分の中隊だけで独占しようとしている。……もし、その隠し物資が、貴方の功績として発見されたらどうなります?」
俺は少尉の耳元で、ホフマンが資材を横流ししているという「偽の証拠」の作り方と、ディルレヴァンガーの許可証を盾にした「強制監査」のやり方を囁いた。
ロイター少尉の目が、野心でギラリと光った。
俺は彼を利用してホフマンを叩き潰し、同時にロイターに貸しを作る。
かつての「隣人」を売って、自分の「聖域」を守るための地盤を固めるのだ。
翌朝、大隊内ではロイター少尉による大規模な物資検査が始まった。
怒号が飛び交う陣地を遠くに眺めながら、俺は工場の暗がりに潜む少年に、一欠片のパンを放った。
「食え。……俺が泥をすするほど、お前たちの命は長くなる」
俺の心は、もはやグリーンの制服よりも、ディルレヴァンガーの野戦服よりも、どす黒く染まっていた。
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