第3話 鉄の聖域
パート1:処刑人の報酬
廃村での「処刑」から数日。部隊内での俺への視線は、凍り付いたように一変していた。
かつての友人、マイヤーですら俺と目が合うと、何か恐ろしい伝染病から逃げるように視線を逸らす。食堂でも俺の周りだけが、ぽっかりと不自然な空白地帯になっていた。
(……これでいい。恐怖は、この地獄における最も信頼できる『通貨』だ)
俺は、血の匂いがこびり付いたグリーンの袖を眺めながら、自分を納得させた。その「通貨」が、俺に最初の報酬をもたらした。
「シュミット、これを。……シュトゥルムバンフューラー(SS少佐)からの直々の指名だ」
トラップ警部補から手渡されたのは、錆びた鍵の束と、一枚の許可証だった。
廃村の端にある古い農機具修理工場を、大隊の専属整備拠点として徴用する許可。そして俺を、その「整備班長」に任命するという特令だ。
「貴様のような男が銃を握って泥を這うのは、効率が悪いそうだ。……これからは、部隊の足と耳(通訳)を守れ。以上だ」
トラップの目は、俺をまだ「部下」として見ている。だが、その声には隠しきれない畏怖が混じっていた。俺は踵を鳴らし、無機質な敬礼を返した。
パート2:聖域の構築
与えられた工場は、埃と廃油の臭いに満ちていた。だが、俺にとってはここが唯一、歴史の狂気から逃れるための「牙城」になる。
俺はまず、マイヤーを含む「まだ人間を辞めきれていない」同僚五人を、自分の班へと強引に引き抜いた。
「ハンス……俺たち、ここで何をするんだ? 外じゃまた、連行が始まってるぜ」
震えるマイヤーに、俺は油まみれのスパナを叩きつけるように手渡した。
「磨け。エンジンのピカピカのボルトから、タイヤの泥一つまで完璧に落とせ。……この工場の中にいる間だけは、お前らは警察官じゃない。ただの機械の奴隷だ」
俺は「整備不良」を理由に、トラックの出動を意図的に遅らせ始めた。言葉がわかることを利用し、本来なら銃殺されるはずの現地の少年を、「熟練の工員だ」と嘘をついて工場内に囲い込む。
「シュミット班長、こいつは……?」
「黙れ。こいつはエンジンの異音を聞き分ける貴重な『部品』だ。文句があるなら、代わりにお前が外へ行って引き金を引いてこい」
俺の冷酷な言葉に、部下たちは沈黙した。
ここは、血塗られた外の世界から切り離された、偽りの聖域。俺は現代の知識と、処刑人としての悪名を使って、少しずつ「歴史の修正」を試み始めていた。
パート3:狂犬の来訪
聖域が形になり始めたその日の午後、静寂は下品なエンジン音によって破られた。
工場の入り口に停まったのは、泥まみれのキューベルワーゲン。そこから降りてきたのは、国防軍とも警察とも違う、あまりに不潔で、獣のような臭いを放つ一団だった。
先頭に立つ男は、ボタンの弾け飛んだ野戦服を羽織り、手に持った乗馬鞭で自分の足をピシピシと叩いている。その瞳には、知性ではなく、ただ破壊を楽しむ者特有の濁った光が宿っていた。
――オスカール・ディルレヴァンガー。
歴史上、最も忌むべき犯罪者部隊の長だ。
「……ほう、ここが噂の『処刑人シュミット』の城か」
彼は工場の中に転がっている現地の住民――俺が隠していた避難者――を、獲物を見るような目で見つめた。俺は背筋に冷たい氷を押し当てられたような戦慄を覚えた。
「俺の部隊のトラックが三台、動かなくなった。……言葉がわかり、殺しも早く、機械にも詳しい。そんな便利な『化け物』がここにいると聞いてな。……おい、シュミット。俺たちの『掃除』、少し手伝わせてやろうか?」
ディルレヴァンガーが、歪んだ笑みを浮かべて俺の目の前まで歩み寄る。
本物の狂気が、俺の聖域の扉を力任せに蹴破ろうとしていた。
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