本編 第一章 王都への旅編
第5話 荒野の盗賊討伐
七年後、俺は荒野で盗賊討伐をしていた。
背後を走る街道の東の方、地平線に荷馬車の姿が現れた。
「おい、見えてきたぞ。そろそろ始めるか?」
隠れているハリエニシダの茂みからわずかに顔を出して射手のフレッドが言った。
目の前の斜面は階段状の尾根道になって一度、平坦になり、再び坂道となって丘の頂上に続いている。
手前の平坦な箇所には盗賊達の前衛が、頂上には後衛が陣取っている。
この丘は盗賊達の即席の砦だ。
奴らのアジトはこの丘の向こうにある洞窟だ。
用心深い連中で、奴らはアジトを出る時、街道を見下ろすこの丘に一度陣取るんだ。
盗賊達は夜に仕事をする。
今は仕事前の黄昏時。
まだ見える程度に明るい。
盗賊達は皆、地平線に現れた荷馬車に気を取られている。
奴らにとって格好な餌食だからな。
無論、あの荷馬車はこちらの仕込みだ。
この盗賊討伐を依頼してきた村の住人が荷馬車を出してくれた。
危険な仕事だが、自分の住む村を救う為だと買って出てくれた。
俺は傍らにいるうちの三人の前衛、ンダギ、ンダガ兄弟とブロウを見た。
凶悪な武器を構えて頷き返してきた。
OKだ。
「よし、やろう。」
俺は今、故郷より遥か南、貿易都市カサベラに住んでいる。
カサベラに来てからできた仲間達とチームを組んで、時折、隊商の護衛や盗賊討伐なんかをやっている。
チームのメンバーは前衛が三人、オークの戦士ンダガ、ンダギ兄弟にブロウ、遊撃にゴブリンの軽戦士エミィ、後衛はヒト族の射手フレッドと魔法使いの俺だ。
前の世界でよく観てた異世界もので出てくる冒険者みたいなものだ。
もっともこちらでは冒険者なんて職業や身分もなく、要は無職だ。
自分達では傭兵と称してはいるが。
冒険者ギルドなんてものもないが、町には口入屋がいて、俺達のような自称傭兵を募集して、仕事を回してくれる。
今回は盗賊の出現に悩む郊外の村からの依頼だ。
カサベラから半日ほどの距離にある村で、村とカサベラを繋ぐ街道沿いに盗賊が出没するようになったらしい。
街道沿いにはいくつかの村があり、被害に悩み、領主にも嘆願したらしいが、相手にされなかったらしい。
領内に盗賊が出没すれば討伐するのは領主の仕事だ。
街道に盗賊が跋扈して通商に差し障りがあれば、周囲の領主から苦情が出るし、領主の責任が問われる。
だから領主は自身の軍勢で領内の盗賊を討伐して、治安を守るわけだが、この街道は町からいくつかの農村を経て、山中で終わる。
つまり他の町との通商に影響がない。
自分の外聞には響かない。
領主としては無理に討伐しようとしないわけだ。
もちろん領主には領内の治安を維持し、領民を守る義務もあるのだが、これは疎かにされがちだ。
特に今のカサベラの領主はなかなかのクソ野郎だ。
自力救済しろとつっぱねたらしい。
しかし、この盗賊達はかなりの規模だ。
農村から集めた男達で排除できる相手ではない。
そこで村の住人達がカサベラの口入屋に話を持ち込んだらしい。
俺達にしたって、人数差はデカいんだが、報酬が良かった。
かなり厳しいことは間違いないんだが、事前によく調査して仲間達と相談して受けることにした。
俺の掛け声で三人の前衛が駆け出す。
フレッドが弓に矢をつがえる。
俺は杖を構え、呪文を唱え始めた。
作戦開始だ。
重ねて言うが、結構、キツめな奴だ。
フレッドは弓を空に向けて、大きく振り絞ると矢を放った。
矢は弧を描いて落ち、敵の前衛の右端のやつを貫いた。
ちょっと理解できないほどの腕だ。
フレッドは元衛兵で、どこかの町の弓兵隊で一番の腕を誇っていたという。
しかし、俺はフレッドの見事な弓術に感心している暇はなかった。
呪文に集中し、杖の先を前に向け、魔法を放っていた。
杖の先に現れた巨大な炎の玉はものすごい勢いで尾根道を飛んでいく。
俺の創る炎の玉は他の魔法使い達がなかなか真似のできない大きさが自慢だ。
先に駆け出していた三人は道の左右に分かれ、炎の玉の通り道を開けている。
幾度もやってきた作戦だ。
慣れている。
盗賊達の前衛は四人、フレッドの矢に一人目が倒れ、残りの三人が振り返った時と真ん中の二人に火の玉が当たったのはほぼ同時だ。
最後の一人が慌ててこちらを見た時には既にフレッドの第二射が放たれていた。
うちの前衛三人は全力で尾根道を駆け上がり、スピードも落とさず敵の前衛の死体をよけて、丘の頂上を目指している。
敵の前衛は四人ともオークだった。
この世界に生きていれば珍しい事ではないが、できることなら三人に同族殺しをさせたくなかった。
敵の後衛は人間の射手が三人、ドワーフの射手が一人だ。
後衛の奇襲で敵の前衛を殲滅して、うちの前衛を近接戦闘に不向きな敵の後衛に当てる作戦だ。
炎の玉の魔法は見た目の派手さのわりにさほどの音はしない。
対象にあたったときボッという炎の燃え上がる音がする程度だ。
敵の前衛が全滅した時、後衛はまだ街道の彼方に現れた荷馬車に気を取られていた。
うちのチームの前衛三人は恐るべき身体能力を誇る。
オーク族というのは部族によって驚くほど体形が異なるがンダギ、ンダガ、ブロウは酒樽のような体型だ。筋肉質でずんぐりしている。
その外見通りの怪力と外見からは想像できないような俊足の持ち主だ。
瞬く間に丘の頂上に近づく。
尾根道を登りきったンダギ、ンダガ、ブロウが丘の頂上に陣取る敵の後衛に飛びかかる。
彼らの武器は『妙なギザギザがついた巨大な鉄板』としか形容のしようがない凶悪な剣だ。
あれを全力で振り下ろすんだ。
ひとたまりもない。
三人が一瞬で殺され、次の瞬間、残りの一人も斃れた。
とは言え、俺はその様子を見ていたわけではない。
隣の丘に盗賊達の第二陣が構えている。
最初の魔法を放った後はそちらへ全力疾走をしていた。
最初の丘と同じようになだらかな尾根道が頂上へ続く細長い丘だ。
尾根道の両側は急斜面、登るのはキツい。
砦として陣取るには都合の良い地形だ。
よく考えている。
第二陣も布陣は変わらない。
手前に前衛が四人、頂上に後衛がいる。
丘のすそ野に近づくとゴブリンが三人、ドワーフが一人、丘を駆け下るのが見えた。
第二陣の前衛達だ。
こちらに向かっているのではない。
街道まで下りて、荷馬車を襲うつもりだ。
予定より軽率な行動だ。
俺の想定ではもう少し持ち場で様子を見ているはずだった。
しかし、都合は良い。
これだけ荷馬車に気をとられていれば、第一陣の全滅には気づいていないだろう。
しかも近い。
俺の魔法が届く範囲だ。
フレッドの方は振り向かなかった。
わかってくれているだろう。
俺は奴らの方に向けて杖先を地面につけた。
土中に思念を送り、呪文を唱える。
ゴブリン達が転倒した。
俺の地の精を使役する魔法で奴らの足元を凸凹にして揺らしてやったのだ。
ドワーフは持ちこたえた。
流石、地の精との相性がいいね。
ドワーフという種族は土を愛し、地の精霊と親しい関係にあるとされている。
ドワーフの戦士が鬼のような形相であたりを見回し、俺に気づく。
俺は次の呪文を唱え始めた。
俺の標的は荒れる地面に足を取られてもたついているゴブリン達だ。
斧を構えてこちらに走り寄るドワーフは無視だ。
俺のもとにたどり着くまでにフレッドの矢に貫かれドワーフが倒れる。
流石、わかってるね。
そして炎の玉が杖先に浮かび上がると、俺はゴブリン達に向けて飛ばした。
二つの丘は頂上が近く隣り合っていて、背後の一段下がった鞍部で繋がっている。
この更に奥に盗賊達の本陣、首領どもが陣取る丘に繋がる尾根道が続いている。
ンダギ、ンダガ、ブロウはここを走って、第二陣の後衛を襲いにかかった。
もっとも、俺はゴブリン相手に魔法を放っていて見てはいなかったが。
第二陣の前衛が全滅した時、ようやく、後衛が俺達の奇襲に気づいた。
後衛の一人、人間の射手が呼子笛を取り出して口にくわえる。
次の瞬間、血しぶきが上がり、呼子笛を持った射手が倒れる。
うちのチームの遊撃兵、ゴブリンのエミィの仕業だ。
エミィは奇襲を始める前から、ここに潜んで、このタイミングを待っていたのだ。
エミィは隠密と背後からの不意打ちの名手だ。
ここいらの丘は大きな岩がゴロゴロしているから、岩の隙間にでも隠れていたのだろう。
小柄で猫のように柔軟な身体の持ち主で驚くほど小さな隙間にももぐりこんでしまう。
エミィの襲撃で第二陣の後衛がパニック状態になったタイミングでンダギ、ンダガ、ブロウが襲い掛かった。
これで第二陣も制圧だ。
エミィのおかげ呼子笛は鳴っていない。
盗賊達の本陣にはまだ気づかれていないはずだ。
できすぎだ。
けど、二十人近い盗賊達を六人のチームで襲うんだ。
これくらいの僥倖に恵まれなければ厳しい。
しかも、本陣にはかなりの難敵がいる。
首領のホブゴブリンだ。
かなりの魔法の使い手らしい。
俺は尾根道を駆け登り、丘の頂上に向かった。
フレッドも第一陣の丘の頂上にたどり着いて、既に弓を引いている。
前衛の三人とエミィは既に奴らの本陣に向かっているはずだ。
俺が丘の頂上に着いた時には最後の戦闘が始まっていた。
ンダギ、ンダガ、ブロウが本陣を守るドワーフの戦士達と戦っていた。
その背後に首領のホブゴブリンがいる。
前衛三人で首領の護衛達との乱戦に持ち込んで、味方を巻き添えにするような範囲攻撃の魔法を使わせない作戦だ。
その間にフレッドの矢で首領を射抜く予定だった。
フレッドの矢は手前で目に見えない障壁に当たって落ちた。
魔法による防御だ。
大気の精を使役する魔法だろう。
それはそれで構わなかった。
ホブゴブリンが魔法に集中している間にエミィが背後から仕留める予定だ。
しかし…
俺達の予想外の事態が起きた。
大柄な人間の戦士が現れ、ホブゴブリンに襲い掛かるエミィがはじき飛ばされた。
そして首領の傍らにもう一人、杖を持った人物がいた。
魔法使いだ。
フードを深くかぶっていて種族はわからない。
俺達は盗賊討伐の依頼を受けてから、かなり入念に下調べをしていた。
奴らの人数、種族、チーム編成、この自然の砦に陣取る際の布陣、地形。
本陣にはドワーフの戦士三人、首領のホブゴブリン。
そのはずだった。
もう一人の魔法使いが杖を掲げ呪文を唱えていた。
稲妻が発生し、オークとドワーフの戦いの場に落ちる。
首領のホブゴブリンは狼狽し、もう一人の魔法使いに何か言っている。
三人のドワーフは黒こげの死体となって転がっている。
仲間を殺され抗議しているに違いない。
すさまじい魔法だった。
稲妻の魔法は大気の精と水の精を同時に使役する魔法だ。
起こすだけでもそれなりに精霊魔法に熟練していなければ難しい。
あれだけの破壊力を持つ稲妻を放てるとなると相当力のある魔法使いに違いない。
しかも味方を犠牲にすることをいとわない。
恐ろしい相手だ。
ンダギ、ンダガ、ブロウがふらつきながら立ち上がった。
三人には事前に魔法封じを施しておいた。
もっとも俺の苦手な類の術だから、たいした効果はない。
それでも何とかあの稲妻に耐えたようだ。
考えている暇はない。
俺はすぐに呪文を唱え始めた。
走りずめで息が上がり始めているが、下手するとこちらが全滅しかねない。
エミィを圧倒した人間の戦士はンダギに襲い掛かっていた。
ンダギはふらふらしながら防いでいるが、危ない。
しかし、その時、魔法の障壁にめげず、放ち続けていたフレッドの矢がついに敵を捕らえた。
ホブゴブリンの魔法使いがもう一人の魔法使いに抗議を始めたことで術が停止したのだ。
矢は人間の戦士を貫いた。
急所を外したが、ンダギは後ろに下がり間合いを取ることができた。
ホブゴブリンの魔法使いも味方に喚くのを止め、呪文を唱え始めた。
遅い、こちらは既に魔法を唱え始めている。
そして俺の魔法が放たれた。
俺の炎の玉はホブゴブリンの魔法が成立する前に届いた。
炎の玉に包まれ、ホブゴブリンが倒れる。
しかし、その横にいるもう一人の魔法使いは平然としている。
どうやら魔法封じの術を使ったようだ。
自分で言うのも何だが俺の炎の玉はなかなかの威力だぞ?
かなりの手練れだ。
フレッドの矢が今度は次々と魔法使いを襲い掛かる。
術者が倒れれば空気の障壁は消滅する。
矢の雨が謎の魔法使いに降り注ぐが、人間の戦士が盾で魔法使いを護る。
魔法使いの杖が掲げられる。
奴の頭上の大気にパチパチと小さな稲妻がいくつも発生し始める。
同時に何本も稲妻を起こす術か?
恐ろしく高等な魔法だ。
フレッドや俺も狙っている。
ヤバい!
あれはヤバい!
奴の魔法は発動する寸前だ。
時間がなさすぎる。
考えている時間はない。
奴らに届く、そして、一番素早く繰り出せる魔法…
大気の精を使役する大気の刃だ。
大気を刃と化し、切りつける魔法だ。
但し、非力な術だ。
衣服の上からなら切り傷程度のダメージしか与えない。
しかし、時間がない!
もう、間に合わない!
焦る心を全力で抑え込み、大気の刃の呪文を唱え続ける。
焦って、集中力が落ちれば、魔法は正確に成立しない。
効果が減じてしまう。
ここまで魔法を放ち続けている。
限界だ。
最後の魔法だ。
俺は激しい頭痛を感じながらも全力で集中し、無理から大気の刃を放った。
渾身の術だ。
稲妻が走り出す直前に奴の手首から先が切り離された。
杖ごと飛んでいく。
フレッドの矢の雨に遂に人間の戦士も倒れる。
魔法を使えなくなった魔法使いにンダギ、ンダガ、ブロウが切りかかった。
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