第3話 失敗
しかし、俺にも転生者の試練を迎える時が来た。
ロバートとアリシアに転生者であることを告げた翌年、弟が生まれたのだ。
前世の俺の人生は最低だった。
友達も恋人もいなかった。
両親はいたが、結婚できず、自分の家庭は持てなかった。
誰かに信用されたり、頼られたりすることもなく、俺が信用したり、頼れる人もいなかった。
俺はまわりのせいにしていたが、俺が悪かったのかもしれない。
いや、そうだったんだろうな。
俺は人とかかわるのが苦手だった。
嫌いとかじゃない。
下手だったんだ。
人の気持ちを考えるというのができていなかった。
転生前、そうは思っていても人生を立て直すことはできなかった。
もう年をとっていたし、諦めていた。
もし人生をやり直せるなら、ああしてこうして、もっと良い人生を目指していたのに…
そう心の中で思っているだけで、何もアクションを起こさず、惰性で人生を終えてしまった。
だから俺は転生して人生を一からやり直せるとなった時、今度はうまくやってやると心に誓った。
努力した。
しかし、世の中はそんなに簡単じゃない。
結局、生まれ変わっても中身は元の俺のままなんだ。
そして、こっちの世界でも俺はやらかしてしまった。
弟のパーシーが生まれて俺は本当に嬉しかった。
転生前は兄弟がいなかったから、兄弟にも憧れていたし、何より可愛い弟だった。
もう何でもできる歳になっていたからパーシーの世話は俺がほとんどやった。
オムツの交換(こっちの世界は当然布オムツだ。)もそうだし、体を洗ってやるのも俺が率先してやった。
子守もできるだけ俺がやっていたからロバートとアリシアからは感謝されているはずだった。
もっともパーシーの面倒をみてばかりいたわけではない。
俺も十三歳になっていたから、少しずつ家の仕事も手伝い始めていた。
不労所得で食っていける地主だからと言って、遊んで暮らしているわけではない。
地代の徴収は勿論主要な仕事だが、それ以外にも自分達の土地を管理するというのは想像以上に大変なことだった。
それにマカリスター家は自分達の畑も持っていて、基本は使用人達に耕作をさせているのだが、この頃の俺は使用人たちに交じって農作業に従事するようロバートから命じられていた。
俺は転生する前に農業のことなど何も知らなかったから、学ぶことが多かった。
将来、この土地を栄えさせるためには農業の知識は欠かせないはずだから、一緒に働く使用人達にできるだけ質問して、知識をつける努力をしていた。
だから、この仕事を命じてくれたロバートには感謝していた。
その他にロバートが領内の巡回に行く際はお供を仰せつかった。
マカリスター家の土地、ロッホナラステア湖とその周辺には比較的大きな村が二つ、小さな村三つあり、その他にも数軒の家が固まる小集落がいくつかあった。
これらの村々を巡回し、畑や牧場の様子を確認し、小作人達から話を聞く。
小作人達の出来高はマカリスター家の収入に直結するから、真剣だ。
小作人達で解決できない問題があれば、ロバートは積極的に対処した。
小作人達同士の諍いも仲裁しなければならない。
俺は畑仕事を通して農事について、巡回を通して地主の仕事とこの土地の事を深く学んだ。
パーシーが生まれてから俺はより一層畑仕事を多く命じられ、巡回にも頻繁に出された。
弟が生まれて次期当主としてより自覚を持つように、と言うロバートの意図を感じた。
もとより俺はロバートとアリシアへの孝行として、可愛い弟の為、地主としてこの地を栄えさせる事に全てを捧げて努力する覚悟だった。
だから、俺は仕事に全力で取り組んだ。
そして、学問にも今まで以上に励んだ。
おかげで折角、才能を見出されていた魔法の修業はややおざなりになってしまったのは仕方がない。
俺の心の中のどこかでは魔法使いへの道に憧れる部分もあったんだけどな。
少なくともバーン師はそのことについては何も言わなかった。
体は十三歳だが、知能と経験は五十五歳だ。
それでいて脳の柔軟さ、記憶力の良さ、活発さは十三歳。
十三歳と五十五歳の良いところだけを集めたようなものだ。
仕事から得られる知識も、経験も他人より活かせるはずだ。
ロバートは慈悲深い地主でマカリスター家の富だけではなく、常に小作人達の生活が豊かになることを考えていた。
だから俺もマカリスター家の土地に住む小作人達の収入を上げて豊かにした上で、マカリスター家の税収も上げることをしたかった。
先ずは農法の改革を考えた。
カレドニア地方では畑の一部が常に休耕地だった。
土の養分を保つには土地を休ませる必要があるとのことだった。
大麦、小麦を育て、しばらく休ませる。
俺はこの休耕地の有効活用ができないかを考えていた。
何か土地を休ませないでも養分を保つ作物がないかと考えた。
家庭教師のバーン師に随分よその地方の農作物や農法について質問したものだ。
他にも小作人たちの収入を上げる方法を考えた。
カレドニア地方は羊毛で有名だ。
うちでもかなりの羊毛を生産している。
この羊毛を商人に売ってお金に換えるのだが、商人は仕入れた羊毛を工房に送って毛織物を作って売るわけだから、そちらにも経費が掛かるので羊毛の買い取り額は完成して市場にでる毛織物に比べるとかなり安かった。
買いたたかれていると言っても良いくらいだ。
領内の村人達も自分達の衣服に使用する毛織物は小さくて原始的な機械を使って家で作っていた。
俺は家庭教師のバーン師から都市部にはもっと大規模で大量生産できる機械があることを聞き、それをマカリスター家で買って工場を作り、村々で余っている人手を集めて、自分達が生産した羊毛を毛織物に仕上げて売ることを考えた。
個々の家で細々とやるんではなく、大規模な工場に領内の人出を集めて大量生産するんだ。
問屋制家内工業から工場制手工業だっけ?
何かそんなことを転生前の子供の頃に学校で習ったのをおぼろげに思い出して考えたんだ。
それだけではなく、色々と調べて、俺なりにマカリスター家とその土地の小作人達の為になることに俺は取り組んだ。
転生者であることを既にロバートとアリシアに打ち明けていたから、堂々と二人には話すことができた。
とにかく俺は二人を安心させ、喜ばせ、パーシーには豊かな未来を実現したかった。
俺はロバートとアリシアに転生者であることを告白する前から、自分がマカリスター家の当主になったら土地を豊かにする夢をよく語っていた。
もちろん、敢えて年相応の内容でだ。
二人はいつもその話を聞くとニッコリ微笑んでくれた。
しかし、ロバートとアリシアと笑顔がいつしかこれまでのそれとは違ってきていることに俺は長いこと気づかないままだった。
俺が転生前の世界の人生で失敗したのはこういうところだ。
わかっていたのに、またやってしまった。
俺は人の気持ちになって考えることができていないのだ。
わかっていたのに、できてなかったのだ。
俺は生まれ変わったこの人生では前世のように失敗しない、やり直して見せると決めていた。
俺は転生者だ。
考えるべきだった。
わかっているべきだった。
ロバートとアリシアはパーシーにマカリスター家を継がせたかったのだ。
パーシーが生まれてからロバートが俺に畑仕事や巡回の量を増やしたのは、次期当主として学ばせる為ではなかったのだ。
地主の次男や三男は普通、他家の養子に出されるか、一般よりも優遇された小作人になる。
俺は自分から気づいて当主の座につくことを辞退し、小作人になることを申し出るべきだった。
ロバートも俺が今後小作人としてやっていけるように実務を経験させ、小作人の生活について学ばせようとしていたのだ。
もし、パーシーが生まれなかったら二人は俺にマカリスター家を継がせるつもりだったかもしれない。
俺が転生者であることを知っていても。
それはこの世界では稀なことだ。
俺はわかっているはずだった。
でも俺は転生者だ。
そしてパーシーが生まれた。
俺はわかっているはずだった。
俺が二人の気持ちがわかっていたなら、彼らの気持ちの変化に気づくべきだったのだ。
ここまでしてくれた二人の気持ちを。
でも俺は自分から何も言わなかった。
中身は五十五歳のオジサンだ。
それくらいわかれよって話だ。
俺はロバートとアリシアの優しさに甘えきっていたのだ。
俺は一番恩のある、一番大切な人達の気持ちを考えられなかったのだ。
俺が遅まきながら気づいた時には、二人との間は微妙な空気になっていた。
だけど、俺は何も言わなかった。
ロバートとアリシアも何も言わなかった。
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