第2話 俺も初めはうまくいっていたんだ。
俺も最初はうまくいっていたんだ。
転生者の俺が殺されずに無事に育てられたのは、ロバートとアリシアのマカリスター夫妻(俺のこちらの世界での両親だ)のおかげだ。
マカリスター家はカレドニア地方の地主だ。
俺に言わせると地主というのはこちらでは一番おいしい身分だ。
地主とはその名の通り、自分で土地を所有しており、土地を小作人に貸して地代を徴収して暮らす身分のことだ。
つまり不労所得でなかなか豊かな暮らしができる身分だ。
その土地の権利は全て地主に帰するものであるから、事実上その土地の支配者だ。
地主より上の身分に領主というのがあるが、こちらの方が領土の規模も大きく、より支配者という感じがするが地主も規模が小さいだけでたいした違いはない。
この国の住人は大雑把に言うと王族、王の家臣、王の民に分かれる。
領主は家臣、地主は民に属する。
領主は家臣の大部分を占める身分で、即ち貴族である。
貴族というと良いように思うかもしれないが、そうでもない。
家臣となると戦争があれば、王の命を受けて領民からなる軍隊を率いて戦わなければならないし、王国が町を作るだとか、干拓事業を行うだとか、そんなことがあれば、資金を献上したり、人夫を提供したりしなくてはならない。
時には王の命令を受けてそんな国家事業を請け負わなくてはならない。
失敗したらどうなるか?
…は想像つくだろう?
貴族同士の派閥争いも激しく、栄枯盛衰は貴族の世のならいだ。
その点、地主は家臣ではないから領主のような夫役を命ぜられることはまずない。所有する土地に応じて税を納める義務はあるがその額は災害や飢饉がなければ、うまく土地を治めている地主なら容易に払える額だ。
もっとも、俺がまだ小さい時に前王ジャン王が疫病で崩御し、後を継いだフィリップ王になってからは税の取り立てがひどいらしい。
代々定められてきた税が増額されたり、慣例により免除されてきた税を突然課税されたり、前例のない名目の課税が追加されたりするらしく、ロバートは不満そうだ。
マカリスター家は比較的豊かだから大きな問題ではないらしいが、土地の経営が厳しい地主の中には家が潰れたところもあるらしい。
とは言え、地主は民の中でも一番上の身分だ。
貴族の人数など王国人口のわずか一、ニパーセント程度だから、めったに会うこともない。つまり身分差別の厳しいこの世界で他人に頭を下げることもまずない。
こちらの住人は貴族が偉いという刷り込みがあるから、貴族に憧れるようだが、俺から見るとどう考えても地主の方が幸せだ。
因みに、原則、王族か貴族の家系に生まれない限り貴族にはなれないが、稀に大きな功績をあげることで王族に家臣として取り立てられ、貴族になれることがある。
そんな恵まれた地主の一族、マカリスター家でロバートとアリシアの長男、ダンカン=マカリスターとして俺は生まれた。
因みにこちらの世界での曽祖父がやはりダンカンという名で、俺が生まれた時にはまだ存命だった祖父が自分の父からとって名付けてくれたそうだ。
ロバートとアリシアは最高の両親だった。
この二人の息子として転生できたことは、本当に幸運だった。
息子の俺がロバート、アリシアとファーストネームで呼ぶように仕向けたことからもわかるように、二人は堅苦しくなく、ものわかりがよく、フレンドリーでオープンな心の持ち主だった。
ロバートとアリシアから愛され、大切に育てられ、裕福な地主マカリスター家の長男として俺は何不自由なく、幸せに暮らしていた。
俺の生まれ育ったマカリスター家の土地、ロッホナラステア湖とその周辺は大麦の畑と羊の放牧地が広がる美しい土地だ。
幼いころはロバートとアリシアに連れられて屋敷周辺の野原にキルトの敷物を敷いて食事をしたり(元の世界でのピクニックだ)、ロバートの後ろに乗せられて馬で散策したりした(こっちはホーストレッキングというやつだな)。
本当に二人には可愛がられた。
少し大きくなると自分で馬を操り、農場や森を好きに行き来できた。湖で舟遊びもした。
転生前の世界でも、休日には郊外の自然の多い山や高原へ行ってのんびり過ごすのが好きだった。
と言っても、仕事で疲れすぎて、郊外に行けるだけの体力の余っている休みがあまりなく、実際はそれほど行けてなかったけどな。
そんな俺には天国のような環境で、最高に贅沢な生活を送っていた。
この世界には子供の為の学校もほとんどない。
都市部に生れた子供なら親からか都市部にある読み書き教室で最低の読み書きや計算は教わる。
都市での生活、特に商売をするなら絶対に必須だからな。
農村部に生れるとそれも怪しい。
この世界の識字率は現代日本人の感覚からはかなり低い。
読み書き以上のしっかりとした教育を受けられるのはほんのわずかな子供だけだ。
貴族や豊かな地主であれば、家庭教師を雇って子供に教育を受けさせる。
庶民で教育を受ける機会など、都市部の裕福な家庭の子が近所の知識人について学ぶくらいだ。
カレドニア地方は王国の中でも北西のはずれにある辺境、つまりド田舎だったが、それでも流石に地主の家に生まれたとなるとしっかりと教育を受けることもできた。
始めは両親から文字や簡単な算数を教わった。
文字を教わったのはありがたかった。
言語が違うからな。
算数の方は退屈していることをロバートとアリシアにバレないようにするのに苦労したが…
そう、こちらの世界は当たり前だが言語が違う。
どこか英語的なんだが、やっぱり違う。
ドイツ語ともフランス語ともスペイン語とも違う。
まぁ、転生前にどの言葉も使えなかったから一緒だったとしても変わりはないな。
いくら大人の知能を持って生まれても言葉がわからないのは苦労した。
しかし、赤ん坊の記憶力と柔軟な知能に大人の知識力と分析力を併せ持つというのは最強のようだ。
俺は音が聞こえるようになるとすぐに全力で聞こえてくる言葉を覚え、前後の関係から意味を類推し、理解して行った。
こんなに覚えられるものか、こんなに理解できるものかと自分でも驚いた。
そうして一歳になった頃には俺は大人達の会話をある程度理解できるようになっていた。
五歳の誕生日を迎えた頃には遠縁の親戚が家庭教師としてやってきて、みっちりと教育してくれた。
そのことで、俺はこの世界のことを深く学ぶことができた。
この家庭教師の名はバーン=マカリスター。
別の地域に住む親戚のマカリスター家出身で南ではかなり有名な魔法使いとのことだった。
後の俺の魔法の師匠でもある。
バーン師には、多くのことを学んだ。
俺が魔法使いになれたのも、家庭教師が魔法使いのバーン師だったからだ。
これは大きかった。
後の俺の人生は俺が魔法を使えたことに大きく左右されたわけだからな。
もし、小作人や農奴の家に転生していれば、こんな教育を受けることもなく、一生を終えていたかもしれない。
都市部の住人でもそうだ。
ある程度恵まれた商人や役人の子供にでも生まれなければな。
当初、転生者なんて自分だけだと思っていたから、殺されるかもしれないなどとは思いもしなかったが、俺はロバートとアリシアを怖がらせないように転生者であることを打ち明けてはいなかった。
大きくなるにつれてこの世界の知識がつき、転生者であることを隠していた方が良いと知ると、ますます普通の子供のふりをしていた。
しかし十二歳になった時、ついに打ち明けた。
理由はよく覚えていないが、俺は二人を父親、母親として信頼していたし、感謝していたから本当のことを伝えたかったのだろう。
更には転生前の知識を活かして、マカリスター一族の土地をもっと豊かにしたいという想いもあった。
農業の知識はなかったが、転生前のビジネス経験を活かして色々と改革できるのではないかと思っていた。
その為にも事前に転生者であることを伝え、堂々と前世の知識を活かすべきだと考えていた。
思えばこの頃は自分には魔法使いとして大きな素質があるとバーン師から伝えられてはいたが、そんなことよりもマカリスター家の後継ぎとしてどうするかの方が大切だったんだ。
俺が転生者であることを伝えたときの二人の反応は意外なものだった。
二人とも俺が転生者であることに気づいていたというのだ。
ぽかんとする俺を見て二人は大笑いをしたものだ。
アリシアは涙が流れるほど笑いながら言った。
「あなたが転生者であることを知られないようにあれこれ工夫している姿が可愛くて、可愛くて・・・実は知っているわよ、とは言えなかったのよ!」
「お前なりに俺たちを気遣って秘密にしていると思ったからな、こちらから言えなかったんだ。本当のことを言ってくれてありがとう。ダンカン。」
ロバートは俺の頭を抱き寄せ、幼いころのように優しく撫でてくれた。
カレドニア地方には前に言ったような恐ろしい取り替え子伝承はなかった。
この地方で語り継がれる取り替え子伝承は転生前の世界と同じく、人間の子供が妖精にさらわれ、かわりにそっくりの別の生き物とすり替えられるパターンだったし、くだらないおとぎ話とされていた。
それでも転生者であることを気づいていながらも、自分たちの子としてたっぷりの愛情を注いで大切に育ててくれたロバートとアリシアは本当に立派な人たちだと思う。
感謝しても感謝しきれない。
間違いなく俺は幸せだった。
俺も初めはうまくいっていたんだ。
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