灰の海風

ニル

迎え日

 今年の盆は何日いつだったか。

 待ち遠しくしているうちに、新暦の三が日はとうに過ぎて、月の巡りに合わせた盆のころを迎えた。呼ぶ声とともにぽうと灯る提灯の燈が時の訪れを告げたので、私は淡い夕の海岸線沿いの墓地に降り立ち、枇榔びろうの葉をそよがせた。

「ほら、チサばあばの旦那さんもどうぞ入ってくださいって」

 加卦麻島かけまじまの濃い山の木漏れ日と、瑠璃を砕いて溶いたような海の輝きの狭間に建つ御影石の群れ。並び立つ墓標の傍らで三十路ほどの女が流水と蓮華の絵を入れた提灯と、小さな赤紫の提灯に燈を点し、小さい方を桃色のじんべえを身に着けた小さな女児に手渡した。私の曾孫と玄孫である。私を誘い呼んでいたのはこの子らだ。


 招き入れられたので、私は覚束なく振り揺れる提灯の燈に宿り、墓から運びだされた。車のトランクに提灯を入れる際、小さな唇から放たれる唾混じりの息吹で燈が消えれば、私は薄白い煙となって車内を揺蕩たゆたうのであった。

 私はこの島で先生と呼ばれていた。何故そう呼ばれていたのか、もう分からなくなっている。というのもネリヤカナヤに還って久しく、身体がないので記憶を留める器も持っていない。だから私という存在を知る者がこの世(私にとって今やこの世とはそちらの世ではあるのだが)を去る毎に、私から私という何かが少しずつ風に削られていくのだ。この島で先生などと呼ばれるのは教師か医者くらいなものなので、そのどちらかであったのだろうと思う。


 墓地から少し車を走らせたところの集落に、妻の居宅がある。古い造りの戸建てで、元は私も住んでいた。バリアフリーとは無縁の高い上がり框をよじ登った娘は、「ただいまーって言って」との母親の声を無視して仏間に走っていった。数秒の内にこおんこおん! と何度もおりんを叩く音が響き渡り、それをうるさがる母親が止めなさいと声を張り上げる。

私はおりんの余韻とともに居間を漂い、壁際の電動ベッドを見下ろした。

死ぬ前に使っていたその手すり付きのベッドに、今は妻が寝かされている。前の盆では、まだ腰かけに座る元気はあった。


「えー起きとって? トイレする?」

 曾孫は、妻が虚ろな目を開けて天井を見上げていることに気づくと、傍に寄って枯れた手を握った。妻は不快そうに顔を顰め、それからそっぽを向いて、アレヌタルヨ、と掠れた声で吐き捨てた。

「げー、もう。梨花よ、あんたの曾孫じゃがね。また忘れたわけ?」

 曾孫は口ではそう詰りながら、仕方なげに柔らかく苦笑して仏間へと去った。少しもしないうちに線香の白梅が仄かに香る。妻が好む香りだ。

「小さく鳴らすのよ、おてて合わせるのも忘れないでね」

 母親が優しく諫めるのが聞こえれば、涼しげな音が朝露の零れるように一つ鳴った。

 私は扇風機の緩い風となり、妻の額にかかった細い白髪を耳の方へ流した。くすぐったかったのか、妻がゆっくり瞬きを繰り返し、そのまま目を閉じて胸の上で拝むように両手を重ねた。


 じいじとばあばにお帰りなさいって。

母娘のやり取りが仏間から聞こえた。私に手を合わせる者は、もう一人だけになってしまった。今年もまたここへ帰って来ることができたのは、妻の中にまだ私が居るからだろう。

 

~〇~

 私は大学を卒業後数年して、身内の不幸を機に帰郷した。本土での生活に疲弊して、母だか祖母だかに呼び戻されたその年の八月(はちがつ)踊(おどり)。それが妻との馴れ初めであった。加掛麻島にいくつかある集落では、盆より少し先の時期に祖霊への感謝や豊穣祈願の祭りが開かれる。青年会の年長者やその妻たちが取り仕切り、男女が輪になり歌を掛け合いながら集落を巡るのだ。しかし小太鼓に合わせ輪になり歌い踊るのはもっぱら若者の役目であり、八月踊とはつまりそうした交流の機会であった。


 妻は同年代の踊りの輪に入ることはなく、その所在なさを振り切ろうとでもいうように年配の女たちに混ざって、俯きがちに見物の年寄りへ酒や肴を配っていた。私はというと、仕事に追われて青年会にはほとんど顔を出しておらず、そのためか集落の男衆からは先生先生と親しみ半分(もう半分は揶揄だろう)に呼ばれながらも、漁師でも砂糖農家でもない余所者のように扱われてもいたので、やはり同年代たちに混ざることなく愛想笑いを浮かべながら居心地の悪さに耐えていた。だから昔馴染みと思い出話(といっても、子供時代の私と妻にそれほど深い関わりはなかった)か、再会までの生活のことを尋ね合っていれば良い時間潰しになるだろうと、折を見てこちらから妻に声をかけたのである。


 妻は、当時から成り手の減りつつあった紬の織り手であった。はずだ。というのも、私の魂はすでに先の祖霊と混ざり始めているのか、自分の記憶に自信がない。が、たしか妻は織り手であった、ということにしておく。

 機織りと言っても、島に大きな工場などがあるわけではなく、妻は自宅にてはたをキーカラトントン奏でていた。妻は子供の頃から大人しげな娘で私の印象にも薄かった。年頃になれば終日ひもすがら紬を織り続ける生活を続けているために、狭い集落においてもいっとう人と会う機会が少なく、島の外のこともほとんど何も知らなかった。だからか、大学時代の話や内地での生活などの私の話を食い入るように聞き入っていた。この島の者たちは皆、内地の話に関心が向かない。決して嫌悪は見せないが、油が水を弾く自分達とは無縁の世界の話だと切り分けている節がある。なのに島からほとんど出たことのない妻だけが、私の余所者の部分に歩み寄ってくれたのだ。

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