第2話 誤解
それは二週間前の日曜のこと。俺はとある店にいた。
俺が溺愛するのは後輩の見知らぬ彼女や幼馴染なんかではなく、うちで飼っている柴犬のネトだ。類稀なふわふわとしたお尻を持つネトと添い寝をしているときこそが俺にとって最上の時間だと言っていい。
そんなネトだが成長するにつれて散歩の引きが強くなってきた。俺は彼女に似合う頑丈かつ毛並みを傷つけない最高級の首輪とリードを買うべく、前々から目をつけていた店に赴いたのだ。
ネットで評判のその店は、この辺りでも有名なラブホテル街の古いビルに入っていた。
なんでも犬以外の首輪を扱っていることからこんな場所に入居しているそうだが、一級品の首輪が並ぶ、噂通りの名店だった。
買い物を終えてエレベーターに乗っていた時だった。エレベーターが止まり、女子が乗り込んできた。
その女子はなぜだか気まずそうな顔でチラチラとこちらを見てきたが、意を決したかのように話しかけてきた。
「鈴崎会長ですよね。私、先輩と同じ高校に通っている者です」
白石カナコと名乗るその女子に面識はなかったが、同じ高校の後輩らしい。彼女は、このビルに入っている占いの館という店に行った帰りだと話した。
確かにこのビルに入る他のテナントは女子高生が関わってはいけない店ばかりだなと考えていると、ふと白石カナコの視線が紙袋から覗く首輪に注がれた。
俺は話のきっかけになればと思い、紙袋から首輪を取り出した。
「これは相棒にプレゼントする首輪で、見た目はゴツいが、激しく動いても首を傷つけない特注品なんだ」
なぜだか白石カナコはしばし絶句し、みるみる顔が赤くなっていった。
「……す、すごい。そういうのフィクションの世界でしかみたことなかったです。やっぱり、先輩くらいになるとそういう遊びを嗜まれるのですか……?」
「ああ、もちろん。俺の相棒の見た目は天使そのものだけど、時に獣のように激しくなるから、これくらい太い奴が必要なんだ。しっかり拘束する。これも飼い主の義務だろ?」
「……、なんか、そういうの羨ましいですね。愛のある躾というか……」
「もしかして白石さんも犬派なの?」
「えっ……、考えたこともなかったのですが……」
「犬は実にいいよ! 白石さんとも一緒に遊べたらなぁ」
「わ、私なんかと遊びたいんですか!?」
なんかチグハグな会話だなと感じつつ雑居ビルを出た時、白石カナコが不意に足を止め、小さい声で「あっ」と言った。なんだろうと思い、白石カナコの視線の先に目を向けるとやはり見知らぬ男子が立っていた。
男子は震える声で言った。
「カ、カナコ。その男は一体……」
彼はワナワナと肩を振るわせ、真っ赤な顔で汗ばむ白石カナコと俺を交互に目を向けた。
彼は青ざめた顔で言った。
「絶対、復讐するからな」
そしてこちらが答える間もなく、突然どこかに走り去ってしまった。
事態が飲み込めない俺は白石カナコに顔を向けた。「彼、知り合い?」
「ええ、一応」
「なんか辛そうな顔をしていたけど、追わなくていいの?」
白石カナコは首を振る。
「いいんです。それより先輩、さっきの話ですが。実はずっと先輩に憧れを抱いていたんです。だから先輩がいいというなら、先輩の話を前向きに……」
なにを言っているか分からなかったが、真っ赤な顔で革の首輪に視線を送る白石カナコを見ているうちに、彼女が大きな勘違いをしていることに気づいたのだ。
俺は慌てて言った。
「これ、犬用だから!」
「だから、私を先輩の犬に!」
「ち、違うんだよ! ごめん!」と絶叫して、俺は足早に彼女から離れたのだった。
……。今改めて考えてみると少し軽率ではあったが、非難される理由は全くないはず。それでも誤解は誤解だ。
カフェから帰ってきた俺はネトの背中をさすりながら、とりあえずあの男子の誤解を解かなければならないと決め、至急部屋に来てもらうよう鈴崎家のメイドとして雇う幼馴染に連絡を取ったのだった。
彼女いない歴イコール年齢の俺が寝取り先輩などというあだ名がつけられていた件について みつばち架空 @kurt08
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