第4話:巫女試験、受験へ

 やがて、雨の季節がやってきた。庭の紫陽花が、青や紫の花を咲かせている。カトラの屋敷の軒先には雨粒が連なって落ちる。リオは濡れた石畳を眺めながら、初頭村の茅ぶき屋根を思い出した。あの屋根は、今も雨漏りしているだろうか。


 雨上がり、庭の池では蓮の葉の上に雨粒が転がっている。少しでも揺れれば、美しい玉は池に落ちてしまう。ずっとそこにあってほしいと願いをかけながら、リオは祈りの練習に勤しんだ。


 初頭村の弟たちは、きっと大丈夫だ。暖かくなったから山菜もとれるはずだし、あの子たちが食べるものはあるはずだ。リオはそう自分に言い聞かせた。


 試験の日に合わせ、リオとカトラは村中の人に見送られて出発することになった。馬にまたがると、応援の声が飛ぶ。


「カトラお嬢さん、がんばってくるんだよ!」


「お友だちもね!」


 見晴らしのいい田園の中に一本の小道が、ずっと向こうの大山に続いている。


「あれが、神々が住む『大山』だよ」


 大山には雲がかかっていたから、その全容を見ることはかなわなかった。


 リオたちは雨に打たれれば木陰や宿を見つけて休み、三日かけて北上していった。カトラは旅慣れている様子で、穴を掘って枝を入れ、火をつけて鍋を置き、粥を作ってよそった。


「けっこう、旅とかするの?」


「あたしの母ちゃんは旅が好きでね。生きていた頃はよく、一緒に旅に出たよ」


「私も、お母さんはいないよ。一番下の子を生んで、すぐに死んじゃった」


「そうなんだ……うちの母ちゃんは病気にかかったんだ。ものすごく悲しかったなあ、あのときは」


 高地にて植物に詳しい民族に生まれ、買い付けにやってきた男と結婚し山を降り、カトラを生んで育て、亡くなった女の話を聞きながら、リオは夢を見るように、その場面を頭に描いた。


 カトラは道端の白い花を指す。


「この花はね、年がら年中咲いているんだけど、寒いときだけ赤くなるんだよ。『ユキコガシ』っていうんだ。見る度に、母ちゃんを思い出すよ。母ちゃんが死んだあと、周りが父ちゃんに『縁談、縁談』ってうるさくなってきて、あたしはそれがイヤで、それからはこういう喋り方で乱暴なふりしてんの」


 リオはふと思いついて、顔を上げて言った。


「ねえ、神様に祈ったら、お母さんと会えたりはしないの?」


 カトラはふう、と息をついて、「ものすごく力のある巫女さんなら、できるかもしれないね」と答えた。それから物思いにふけっているような思案顔になって、お椀の中の粥をかきこんだ。


 大山の麓は店ばかりだった。金物屋に八百屋、布を売っている店もあって、誰もがその二階か隣に板材を組んだ家を建てて住んでいるらしかった。カトラが馬を曳きながら言う。


「ここの店は、ほとんどが宮の御用達らしいよ」


 なるほど、どれも格式の高そうな看板を掲げているし、客引きせずにのんびり構えている。


 二人は馬を預けると、そのまま宮へ向かった。


 その入口は、生えている二本の巨木に綱を渡したような簡素な造りで、先に見える薄暗い森には提灯がいくつも下がっていた。中には茅ぶき屋根も見える。


「ここが宮なの?」


「そうだよ。あたしも中に入るのははじめてだけど」


 進んで行くと、『試験会場』と達筆で書かれた看板が出た、朱色の御殿があった。入ってみると履物を脱ぐ土間があり、奥はシンとしているものの、人の気配が多く感じられた。小窓から女が、四角く畳んだ着物を差し出す。


「これを着るように」


 奥には旅の恰好から着替えている女の子たちがいた。二人もそのようにしたが、リオは自分が汗をかいたままなのが気になった。時間になるまで静かに座って待っていると、だんだん人が増えてきて、部屋いっぱいになった。するとさっき小窓から着物を差し入れた女が入ってきて、「これから身を清めてもらいます」と案内を出す。


 ははあ、風呂の入口に立つにも着替えが必要なのか、と息を吐く。


 長い廊下をそろそろとついていくと、そこには湯けむりに曇った温泉があった。無数の竹の先からお湯が出て、石畳に落ち、吸い込まれて消えていく。


 そこでリオたちは新しい着物をまたもらい、汗を流した。気が緩んだリオはカトラに話しかけようとしたが、あまりに真剣な顔つきなので、自分もまた少し緊張を取り戻した。


 ついにやってきた畳敷きの広間には、少女たちが折り目正しく座って、水を打ったような静けさに包まれていた。


 耳を澄ますと、遠くの滝の水音がわずかに聞こえる。彼女たちは名前を呼ばれるまで、そこでやはり座って待つ。誰も姿勢を崩さない。リオも頑張って耐えた。


「古巣リオ」


 目の前の襖がそろりと開き、名前を呼ばれた。ぱっと顔をあげると同時に、体中が固く緊張する。


 案内の女について長い廊下を行き、戸を開けると、鮮やかな緑の畳の上に、ぽつんと龍の置物が置かれていた。陶器でできているようで、冷たく固そうだ。そして置物を囲うように、笠で顔を隠した女たちが十二人、ぐるりと巻いている。


 そろそろと近付くと、リオは置物に息を吹きかけ手を合わせる。見込まれていれば、カタカタと揺れるはずだ。


 リオは緊張で温度のない手を組んで、祈った。揺れますように。初頭村の茅葺屋根と、空っぽの竹の椀が頭をよぎった。


 次の瞬間、置物はなんと、パリンと真っ二つに割れた。


 審査をしていた女たちの、わずかな息づかいが感じられる。


 リオは得意になって、それでいて気持ちを隠して、そっと部屋を辞去した。


 カトラの横に座ると、「どうだった」と小声が飛んでくる。


「置き物、割れちゃった!」


 カトラは目を輝かせて、にやっと笑った。


 自分が合格していると信じてやまなかった。


 次の正月は、初頭村に餅を配れるかもしれない。頭の中では既に、人力車に乗ったリオが両手で餅をばらまいている。田畑には大ぶりの作物が実り、大根はきっと、軽く大男の足一本くらいには太るだろう。子どもたちは自分の背よりも高い水菜でかくれんぼし、牛でさえ漆塗りの厩舎に住んでいる。


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