第3話:カトラとの出会い

 町の石畳は、頬に触れるとひんやり冷たく、土の匂いがする。


 露店で売っていた団子やあんみつで腹ごしらえをしようと、代金を砂金で払おうとしたら男たちを呼ばれた。おまけに顔を石畳に押し付けられ、まるで話を聞いてもらえない。


「もう一度言ってみろ、誰から何をもらったって?」


「だから、龍から砂金を……」


 質問に答えようとしただけなのに、青い服の男は二人とも大笑いだ。こんな話は聞いていない。こんな危険があるなんて、龍は一言も説明してくれなかった。神様なのに何も知らないなんて、あれは龍などではなく、空飛ぶトカゲだったのだろうか。


「どう見ても盗品だろうが!」


 押し問答の末、今度は襟首を掴まれて引き起こされ、砂金はもちろん取り上げられ、リオの目の前で牢の格子が固く閉まる。


 とにかく薄暗くて、天井から絶えず水がぽとんぽとんと垂れてくる。むしろは濡れていて気持ちが悪いし、嗅ぎたくないにおいがする。というか、こんなに湿ったところにむしろなんて敷くからいけないのだと思う。


 小さな物音にびくびくして涙をこぼしながら、リオは無実を訴えた。


「ねえ! 誰か来て! 私は何もしてません! 砂金は龍にもらったの!」


 しかし誰も聞いてくれないどころか、向かいの檻からどら声が飛んできた。


「うるせえぞ!」


 不意に、隣の房から少女の声がした。


「龍って、どんなの?」


 土壁で姿は見えない。声に敵意はなく、あるのは天気を聞くような気軽さだけだ。


「誰?」


「あたしはカトラってんだ。あんた、面白いねぇ。ねえ、龍ってどんなの? 教えてよ」


 リオはぽつぽつと話した。崖の下から立ち上る白い霧と、それを切り裂いて現れた白銀の鱗のこと。トウモロコシの繊維にツヤを足したような高級なヒゲ、そして岩塩より、樫の木よりもずっと硬い、二本の角。龍の背に乗って空を飛びながら、朝日の光が夜の闇を端の方から塗り替えていく様子、まるでフケをはらうように頭を振った龍から、砂金がこぼれでたこと。


「でも、どうせあんただって嘘だって言うんでしょ。『汚い恰好の小娘の言うこと』だって……」


 ところがカトラは平然と言う。


「いや、本当だと思うよ。嘘にしちゃ、ものすごく詳しいじゃない」


 星のかけらをたくさん集めて振りまいてもらうより、リオはその一言が嬉しかった。涙が引き、声の主の正体を知りたくなった。


「カトラは、なんでここに?」


「町でちょっと喧嘩したんだよ。親父の店のことで、嘘を言ってる奴がいてさ。それより名前を教えてよ。同い年くらいでしょう、あたしは嬉しいんだ」


 名前を伝えると、姿の見えないカトラは格子ごしに腕だけこちら側に伸ばしてきて、二人は握手を交わした。それが少しおかしくて、リオから笑いがこぼれる。カトラは柔らかくて暖かい、綺麗な手の持ち主だった。


「リオには『龍』が憑いてるんだね。あたしのは『兎』だよ。十二神も牢も、お隣さんだね」


 ぽかんとしていると、カトラは「人間にはみんな、後ろに生き物が憑いている」と話す。それが十二種類あることも、リオは知らなかった。


「私、初頭村を豊かにしたいんだ。龍がそのチャンスをくれたの」


「いいじゃない。あたしはね、十二神に祈る巫女になりたいんだ。それで巫女試験の申し込みに逆差村(さかさむら)からやってきて、うっかりここに入っちゃった!」


 そんなカトラは、一足早く出て行くことになった。去り際、看守に引っ張られながら、「すぐに出してあげるから、待ってて!」と爽やかに言い残した。


 リオは一目、カトラの姿を拝もうと、カタツムリのように目玉だけでも伸ばそうとしたが、青い服の男たちに邪魔されてしまい、結局、それは叶わなかった。じわじわと、心の中に暗い雲が忍び寄ってくる。しかしリオが釈放されることになったのは、その日のうちのことだった。


 昼の日差しを眩しがりながらつくしを眺めていると、「リオ?」と呼ぶ声がする。


 カトラは黒髪を肩のところで切り揃えた、勝気そうな吊り眉の少女だった。


「よかった! すぐ出られたね」


 そしてリオの手をとると、「リオ、あたしと一緒に巫女さんにならない?」と誘う。カトラの後ろには人のよさそうな、白髪交じりの初老の男が控えている。


「カトラお嬢さん、牢から出してあげたんだし、もういいじゃないですか」


 瞳の中に星を散りばめ、なんでも熱心に教えてくれるカトラの声を聞いていると、リオはもう、明日にでも巫女の試験を受けたい気持ちでいっぱいになった。


「神様にお願いしたいこと、山ほどあるよ! 食べ頃になったら陸で横たわって人間を待つ魚とかさあ……」


「もしリオが神様だったら、世の中はもっと便利にできてたんだろうな」


 カトラは笑って、笹に包んだ魚の塩焼きを出し、リオにくれた。巫女試験の申込書にはカトラに並んで、『古巣リオ』、出身地の欄には『初頭村』と書いた。


 カトラの生まれ育った逆差村は町に近く、初頭村よりずっとにぎわっていた。人も多く、焦げ茶色の丸太によって建てられた家々は町と言っても過言ではないと思えたが、賑わってきたのは近年のことで名前が追い付かず、あくまで『村』という名だという。


 リオは、神々と話すときの作法というものを習い始めた。身を清め、清潔な着物に袖を通し、なにより曇りのない心で祈る。願い事をするときは贄を用意するが、その下ごしらえなども勉強した。


「神様は気まぐれだからね。助けてくれるときもあれば、そうでないときもあるよ。その神様が手を貸したくなるのが、巫女っていう存在なんだ。だいたいは家を守っているのと同じ種類の神様にお願いすることになるけど」


「じゃあ、私だったら」


「龍の神様になるね」


 カトラは博識だった。巫女のいる宮に祀られている十二の神様は、それぞれが大きな力を持っているという。


「豊作だとか、いい風を吹かせるとか、人の怪我や病気を治すとか。願いはいろいろらしいよ。それがなかったら国が貧しくなるからね。少しでも才能のある巫女さんを集めるんだって、必死なんだよ」


 そして必ず、こう付け加えるのだった。


「砂金をもらえたくらいのリオなら、いい巫女さんになれるよ」


 おかげでリオは、もうすでになんだか一人前の巫女になったような気がしていた。


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