第5話:合格発表

 リオとカトラはそれから逆差村へ戻り、合格通知が来るのを待つのみだった。


「リオは合格だろうけど、あたしはどうかわからないよ」


「きっとカトラも大丈夫だよ」


 カトラは調子がよければ、兎の置物をゆっくりと移動させる日もあるのだ。


「でも、試験ではちょっと揺れただけだったよ。緊張しすぎたなあ。これ、不合格だったらまた親父にどやされるじゃんか」


 そして、宮から馬がやってきた。二人は先を競って玄関まで駆けつけると、女中の手の中の封筒をかっさらう。二人は目を合わせ、声を揃えた。


「せーのっ」


 リオが開けると、白くて分厚い紙には堂々とした筆文字で、『不合格』とあった。


「えっ、不合格……ふごっ……ええっ……うあっ」


 リオは目を丸くして、それ以上言葉が出ない。紙を裏返したり、逆さにしたりしても、『不合格』の文字は変わらない。カトラは合格通知に飛んで跳ねていたのをやめて、リオの通知を覗き込み、バツの悪そうな顔になり、神妙な目つきをして言った。


「理由は書いてある? だっておかしいよ、置物が割れたのに不合格なんて」


 友人に促され、二枚目の紙を広げる。


「出身地不明、または虚偽申告のため身元確認できず……嘘、ちゃんと初頭村だって言ったよ!」


「見つからなかったのかな……申し出たところに使者が行くはずなんだけど……」


 カトラはこれから、都へと出る。カトラの客人であるリオは、これ以上屋敷に留まることができなかった。友人は言った。


「一緒に都に行こうよ。向こうで次の試験を待てばいいじゃんか」


「でも、初頭村は見つからなかったんだよ」


「それはそうだけど……次はちがうかもしれないじゃん」


 リオはだんだん、自分がイライラと煮立ってくるのを感じた。


「カトラは大きなお屋敷に住んで、巫女の試験にも合格して、だからそんなことが言えるんだよ! 私なんか、私なんか……どうにかして初頭村に帰るしかないんだから」


 悲しそうに眉を下げたカトラを残して、リオはドシドシと足音を立てて歩いていって、かつて二人で修行した水場で、独りぼっちで祈りを捧げた。涙がじわりと溢れてくる。振り切るように何度も拭って、手を合わせ続けた。


 しかし龍は現れない。


「ああ、イライラしてるし、だいたい、龍が迎えにきてくれるわけないか。はあ。砂金とって暮らすしかないのかなあ。でもあれ、怖い人たちが来るから嫌なんだよなあ……」


 神とは気まぐれなものだと、いつかカトラがそう言っていたことを思い出す。


 リオは何も言わず、カトラの屋敷を出た。できることがなにもないから、砂金をとって暮らそうと思った。


 頭は沸騰したように熱いのに、胸の中はずっと寒い。考えにくいが、どうにかして身を立て、初頭村を探し出し、仕送りをしよう。ところが、馬で駆けてきたカトラに追いつかれてしまった。友人の涙を見て、リオはぎくりとする。


「どこ行くんだよ」


 涙声を聞いて、リオは言葉に詰まった。


「なんだよ、一緒に都に行けばいいじゃねえかよ」


「カトラ……」


「あたしだけ合格したからって、もうさよならするのか? 薄情な奴だな。リオ、お前は本当に薄情だな! 巫女の試験はまた来年もあるのに……」


 こうなるとリオまでもらい泣きするはめになった。二人は周囲の白い目の中、泣きながらお屋敷に帰り、後日、荷物をまとめて仲良く都へ出立したのだった。


 リオとカトラはその足で、まず、身元調査を担当する役所に向かった。


 都の中心部にある石造りの立派な建物で、門の前には『巫女志願者身元調査所』という看板が掲げられている。朝から降り続く雨に、二人の着物の裾はすっかり濡れていた。


「あの、不合格になった理由を聞きたいんですけど」


 受付にいた若い役人は、リオの名前を聞くと台帳をめくり、ため息をついた。


「古巣リオ、『初頭村出身』と。使者を派遣したが、そのような村は見つからなかった。よって身元確認不可能、不合格」


「でも、本当にあるんです!」


「ではどこにあるのか、示してもらえますか」


 役人は大きな地図を広げた。山や川、町や村が細かく書き込まれている。リオはその地図を見つめたが、自分がどこからやってきたのか、どこを指せばいいのかわからない。必死に、龍の背から見下ろした景色を思い出そうとする。


「ええと……山の、奥の方で……」


「山はたくさんありますが」


「川が流れていて、茅ぶき屋根の家があって……」


「それだけでは特定できません」


 役人は冷たく言った。道順も、方角も、リオは何ひとつ答えることができなかった。


「もう一度、探してもらえませんか」


「人員にも限りがありますので。まあ、地図に載っていない村などいくらでもありますし……」


 役人は思いついたように、鼻で笑った。


「失礼ですが、作り話ではありませんよね?」


「違います! 私はそこで生まれて、家族もいて……」


「ではせめて証人を連れてきてください。あなたがそこで生まれ育ったと証言できる人です」


 リオは言葉に詰まった。カトラは逆差村の人間だ。龍は神だし、呼んでも来ない。証人になどなれるはずがない。リオは唇を噛んだ。


「いません……でも」


「証人もなく、場所も示せない。これでは身元の保証などできるはずがありません」


 役人は地図を畳んだ。


「それに」


 彼は声を落として言った。


「だいたい、巫女になれるのは、名家のお嬢様と相場が決まっているんです。こちらの逆差村のカトラお嬢さんのような、名のある家の娘さん方です。あなたのような、どこの馬の骨とも知れない娘が巫女になろうなど、身の程知らずというものです」


 それを聞いたカトラが、かっとなって言う。


「じゃあ、リオも逆差村出身ってことでいいじゃないか」


「それは絶対にダメです」


 役人は急に真剣な顔になった。


「出身地の詐称が発覚すれば、二度と試験は受けられません。それどころか、罪人として裁かれることになりますよ。巫女制度の根幹を揺るがす重罪ですからね」


 リオは震える手で、台帳に書かれた自分の名前を見た。『初頭村』の横には、赤い線が引かれており、『所在地不明』と記されている。


「もう一度だけ、お願いします。もう一度、探してください」


「無理です。次の志願者の調査もありますので」


 役人は次の書類を取り出した。二人はもう、何も言えなかった。


「しかし」


 彼は目を上げずに、声を落として言った。


「側付きであれば、宮の内部で働くことができますね。その場合は、何があっても巫女の責任ということになりますが」


 役所を出ると、雨が上がっていた。巫女になることは不可能でも、道が拓けた。


 もう夕方で、雨に降られて着物が濡れているというのに、四肢の指先までじんわりとあたたかい。宮へ向かって行儀よく歩いてなんていられなかった。


 二人は意気揚々と宮の提灯の下をくぐり、巫女たちの働く宮へと入ったのだった。

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