第3話
「はぁ、早く彼女がほしい」
イチャつく目の前のカップルを見ながら、莉紗は言う。
ここは水族館で、私たちは2人きりで、元恋人同士で。
だから客観的にはこれはデートみたいなものなのかもしれないけれど、莉紗の口から出てくるのは、そういう言葉ばかりで。
私の存在なんてもう、1ミリもないみたいで。
別にヨリを戻したいとか思っているわけじゃない。だけどその言葉は、私の胸にグサグサと刺さる。
だから私もそこに重ねるように、言葉を返す。
「私もさっさと恋人でも作ろうかな」
なんてことを。
「千晶なら、すぐ良い人できるよ」
簡単にそう返す莉紗の言葉はまたしても、私の胸を痛めつけるだけだというのに。
それでも私たちは、たびたびデートを繰り返した。美術館、動物園に、植物園。何もない公園をひたすら歩いて、季節の移り変わりを感じたりもした。
お互い「恋人がほしい」なんて言いながら、ちっともその気もなくて。週に2回は近場で簡単に食事を共にし、月に1度は1日デートなんかして。
お泊まりこそしないまでも、私たちのしていることといえば、ほとんど恋人同士のようなもののようで。
一緒に出かけて、デートをして。思い出が増えるごとに、そんな思いは重さを増していった。
だけどそんな日々がいつまでも続くだなんて思ったら、大間違いだった。聞いたのは、例のバーの常連さんからだった。
「莉紗さん、最近好きな人できたみたいだよ」
その人もその人だ。何もそんなことをわざわざ、元カノに言わなくても、と思うのだけど。
でもおかげで踏ん切りがついた。私もちゃんと恋人を作ろう、と。
だけど他の女性を好きになるのは、なかなか難しかった。
レズビアンの女性を探して新宿2丁目のバーに足を伸ばしてみたこともあったけれど、どうも雰囲気に馴染めなくて。
しかし別の交流バーに行ってみたところ、とある男性に口説かれた。
初めは、そうとはわからなかった。食事に誘われて、2回目の飲みのあとに、シーシャを吸ってみたいと言われ、初めてそれを吸ったのだ。
シーシャとは、中東のあたりが発祥の「水たばこ」とも言われるものだ。水の入った専用の容器にタバコの煙をくぐらせて、ボコボコと音を立てながら吸うのが特徴だ。
私が連れて行かれたその店は、なんだか暗くて怪しい雰囲気だったけど、その人が詳しく説明してくれたおかげで楽しく吸うことができた。
シーシャを吸うと、白い煙と共に、なんだか頭の中がほんわかして、リラックスした気持ちになれる。そんな気分のせいなのか、はたまたそこで飲んだ度数の強い甘いカクテルのせいだったのか、わからないけど、気づいたら私はその人と一緒に、池袋のラブホテルにいた。
性被害だった、とは言えない。おぼろげながらも私には記憶があった。「付き合っちゃう?」とか彼に言われたことも、行為中に「もう誰にも渡したくない」と言われたことも覚えていて、そしてそれを嬉しく思ってしまっていた私がいたから。
莉紗への想いを断ち切るために、私は誰かに求められる必要があった。それが女でも男でも、誰でもよかった。
だけど、さすがに傷ついた。翌朝になって彼が言った「俺、実は彼女がいるんだよね」という言葉には。
*
私の心はボロボロだった。そして大変愚かなことに、気づけば莉紗に電話をしてしまっていた。莉紗はすぐにタクシーで池袋まで私と迎えにきて、そのまま彼女の自宅へと連れて行ってくれた。
私が莉紗の自宅に泊まったのは、奇しくもそのときが初めてだった。莉紗の部屋にはシングルベッドしかなかったけれど、私たちは何も言わずに一つのベッドで身を寄せ合って眠ることにした。
お風呂を借りた後、心配そうにこちらを見る莉紗の顔を見たら涙が出てきてしまって。でもそうしたら莉紗は、何も言わずに黙って私を抱きしめてくれた。
一晩中、そうしていた。それ以上の触れ合いはしなかった。
しないでいてくれたのか、する気にならなかったのかはわからないけれど、それでもこのとき、そうしてくれたのが嬉しかった。
どうしても、だめだった。柔らかい肌を感じて泣いた。
私はまだ莉紗が好きだった。
その涙の理由を知りもしない莉紗は、「怖かったね」「辛かったね」とただ優しく私の髪を撫でるだけだった。
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