ベイビーピンク -彼女は彼に告白をした-

@MegumiS

ベイビーピンク -彼女は彼に告白をした-

 朝、午前6時50分。

 私は眠い目をこすりながら、バイト先のパン屋である“小さな家”という名前のその店で、カウンターに立っていた。


 1月半ばのかなり寒い朝、ストーブも今つけたばかりで、店内は結構冷え冷えとしている。

 店の外に視線を流すと太陽が出た直後で、淡い金色とピンクとブルーに世界が染まっていて、とても綺麗だ。



 朝ごはん用のパンを買って行く主婦やサラリーマンや学生のために、毎朝、この店は7時に開店する。私・咲坂りょうは、この店のすぐ近くにある白翠女子大の一年で、ここでバイトを始めて、もう、半年以上が経過していた。


 朝は苦手だけど、世界が朝で染まる感じをここから眺めているのはかなり好きで、毎日、いいなあ。と思ってしまう。



「りょうちゃん、おはよう」

 爽やかな笑顔と共に、私の後ろから、チーフが現れてそう言った。


 チーフとは、藤井和弘氏、23歳。その若さでパン屋を経営している、小柄で細くて童顔で、気配りの精神にあふれ、お客さんからの人気もとても高いという、この近所のアイドルのような存在の人だった。


 それにしても朝早くから、爽やかすぎる……! 反則級だ。

「おはようございます、チーフ」

 心拍数が上がり気味の私は、なるべく平静を装って挨拶を返している。



     ◇



 ふと思い出すのは、チーフに初めて会った5月の採用面接の日。

「こんにちは。白翠女子大の新入生?」

 にっこり笑ってそう聞いた。


 いくつかの質問の後、彼は頷いて。

「朝の時間帯は大丈夫で……夕方はテニスサークルの時間と調整ってことで良いですね。じゃあ、咲坂りょうさん。これからよろしくお願いします」

 

 まっすぐに私を見て、ソフトな声と笑顔で、ゆっくり名前を呼ばれた。

 ものすごく好感度が高い人だと思った第一印象。あの時から半年と少しが経過して、日々の何気ない会話や笑いの中で、私は次第にチーフのことがとても好きになっていた。



     ◇



「なんか、今日はいつにも増して眠そうじゃない? 昨日の夜、なんかあった?」

 焼き上がったパンをトレーごと棚に乗せながら、チーフは言った。


「はい……実はリョーちゃんのライブに誘われて、ゆうべ行っていて。

 終わった後で二次会も行ってしまって、明け方4時に帰ってきたんですよ~」


 リョーちゃんというのは最近友達になったバンドマンで、ここ数ヶ月でこの店の常連になりつつある人だった。私と名前がちょっと似ていて、意気投合していたのだ。


「それはなかなか不良娘だね!」

私の台詞に、ちょっと笑いをふくんだ視線で振り返って、私を見てそう言うから、心臓が更にどきんと跳ねる。


(だからあんまり寝てなくて自制心が働かないんだってば……。)


 そんなことを思いながら、チーフと目を合わせて。

 参るなあ。この角度。好きだなあ私、この人の顔も性格も全部……。

 朝も早くからそんなこと思ってどきどきしてる。



「でも、俺なんてこういう職業じゃない?」

「はい?」

 ふいに、そう言われて。聞きかえす私に、やさしい声でチーフは続ける。


「俺、朝早いでしょ。3時とか4時とかから起きて毎日仕事だから、夜遊びとかあんまり付き合えないんだよねえ。だから、それで昔、フラれたことあるよ」


 なにそれ。と思った。


 こんな毎日、この仕事大好きでこの街の皆に美味しいパンを提供しているこの人のことを、なんでそんなことで振ったりできるの? って思った。

 それで思わず、私はこう言ってしまってた。



「……でも私は、そういうチーフが大好きですけど?」



 思わず言ってしまって、はっと口を押さえたけれど、遅かった。

 何言ってんの?

 ばかばか、眠くて頭まわってないにも程があるよ……と思ったけど、時既に遅し。


「え」

 振り返って固まるチーフ。

 言うつもりなんか少しもなかったのにどうしよう。


 チーフが立っている場所の左隣に置いてあった皿時計が、7時3分を指していた。


 なんで時計なんか見てるかって、その時の私が、とてもチーフと目を合わせる勇気なんてなかったからだ。



 もうすぐ、お客さんが誰かくる。

 お願い、誰か来て。

 誰かこのおそろしい沈黙をどうにかしてよ。



「どうもありがとう」

 真顔で。そんな風に言われたから余計怖かった。やっぱりダメだって思った。


 そうしたら。

「願い事、かなった」

 チーフは小さな声でそう言った。

 願い事?


 初詣の夜を思い出す。

『叶ったら、教えるね』

 って、あのとき、私はチーフに言われてた。


 彼はやわらかく微笑んで、そして言った。

「じゃあ……付き合う?

 りょうちゃんと幸せになれますように。っていうのが、新年に俺が神社で願ったことだったんだ」


 タイミング考えてる内に、先に言わせちゃってごめん、と笑う。

 私は一瞬呆然として、その後、はい。と頷いた。


 チーフの後ろでは、淡いピンクの色をした、朝焼けの空が広がっていた。



 それはとてもとても甘くて、泣きそうに綺麗な色をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ベイビーピンク -彼女は彼に告白をした- @MegumiS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ