第3話 少しだけ、噛み合わない
白いノートは、
使えば使うほど、
静かだった。
派手な変化は起きない。
奇跡も、罰もない。
だからこそ、
僕は少しずつ、
安心し始めていた。
その日の朝、
僕はノートを開いた。
白紙。
書こうか、迷う。
昨日までは、
“悪くない一日”で済んだ。
今日は、どうする?
『今日は、何事も無く日常が無難に終わる』
少し曖昧で、
少し逃げ腰な言葉。
書いた瞬間、
ペン先が僅かに紙に引っかかる感触がした。
「……?何か違和感が...」
気のせいだと思うことにした。
会社では、
本当に無難な一日が始まった。
会議は予定通り終わり、上司は機嫌がいい。
問題は、無難すぎたことだった。
意見を求められても、誰も踏み込まない。
透は、言おうとして、やめた。
空気を壊したくなかった。
“無難”であることが、
最優先になっている。
昼休み、
同僚が小さく漏らした。
「今日は、何事も無く済んだな...」
それは褒め言葉のはずなのに、
なぜか引っかかる。
帰宅途中、信号待ちで立ち止まった。
信号の音がやけに遅く感じる。
誰もイライラしない。
誰も文句を言わない。
ただ、全員がスマホを見ている。
無難。
無音。
日常から音が消えたような疎外感を肌で感じる。
部屋に戻ると、
妖精がソファに寝転んでいた。
「おかえり。どうだった今日1日は?」
妖精が愉しげにワクワクした子供が宝物を見つけたかのような様子で言う。
「無難に終わった...」
透は、つまらなそうにノートを見下ろした。
「……何か、物足りない...心が満たされない」
「そりゃそうだよ...」
妖精は、天井を見ながら言う。
「無難ってさ、何も起こさないこと何だから」
胸に、小さな違和感が落ちる。
「悪いことも、良いことも」
「うん。どっちもね...」
透は、ノートをゆっくり閉じた。
便利だと思っていた。
安全だと思っていた。
でも――
これを続けたら、
自分は何もしなくなる。
そう気づいてしまった。
「じゃあ、書かなきゃいい...選択をしない事も人生だよ」
妖精は、さらっと言った。
「そんな簡単でいいの?」
「簡単だよ。人間は、どうせすぐ忘れる」
その言葉に、少しだけ棘があった。
透は、ノートを机の奥深くにしまった。
その夜、特別なことは何一つ起きなかった。
でも、胸の奥が、落ち着かない。
“無難”というノートの文字が、頭から離れない。
自分が何を選ぶべきか?
何かがズレ始めている。
それだけは、
はっきりと分かった。
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