第6話学校での逆襲――メイドは場所を選びません!

​「いいか、美雨。昨日の今日だからって、学校では絶対にハメを外すなよ。俺たちは『ただのクラスメイト』だ。分かったな?」

 校門前、俺は三度目となる念押しをした。


 だが、返ってきたのは、いつもの素直な返事ではなかった。

「……ふふふ。大智様、昨日の美雨の宣言、忘れちゃったんですか?」

「宣言?」

「『一人の女の子として、もっと困らせちゃう』って言ったんです。だから……今日からは、『我慢』という文字を美雨の辞書から削除しました!」

​「おい、待て、不穏すぎるぞその削除!」

 美雨は「えへへ!」と不敵な笑みを残し、軽やかなステップで校舎へと消えていった。

◇◇◇


​ 昼休み、俺がいつものように友人たちと購買のパンを齧ろうとした、その時だった。

「だーいーち君っ! 見ーつけたっ!」

 教室のドアを勢いよく開けて、美雨が駆け寄ってくる。


 その手には、不自然なほど豪華な三段重ねの重箱が握られていた。

「……柊さん? それ、何?」

「大智君、購買のパンばっかりじゃ栄養が偏っちゃいます! だから、美雨が特製のお弁当を作ってきました。はい、あーん!」

 教室内が、一瞬で静まり返る。


「柊さんが……あーん?」「宮本と柊さんって、そんな仲だったか?」というヒソヒソ声が波のように広がっていく。

「おい、美雨! 『ただのクラスメイト』はどこへ行ったんだよ!」

「え? 『お弁当を作ってあげるくらい仲の良いクラスメイト』ですよ? ほら、早く食べないと、美雨がここで泣いちゃいます」

 美雨は潤んだ瞳で俺を見つめる。


 ……こいつ、完全に自分の「可愛さ」という武器を理解して使いやがっている。


 俺は顔を真っ赤にしながら、差し出された厚焼き玉子を口にした。

「……うまっ」

「やったぁ! やっぱり大智君には、美雨の手作りが一番ですね!」

 美雨は満足げに俺の隣にぴたっと座り、俺の腕を自分の胸元に引き寄せるように抱きついた。


 ……ちょ、当ってる! 昨日より確実にグイグイ来てるぞこれ!

◇◇◇


​ 放課後、俺が一人で図書委員の仕事を片付けていると、背後に気配を感じた。

「大智君、お疲れ様です。お茶の時間ですよ?」

 振り返ると、そこには図書室のカウンターを挟んで身を乗り出す美雨の姿があった。


 放課後の誰もいない図書室。

 夕陽が差し込み、埃がキラキラと舞う静寂の中で、彼女の瞳だけが熱を帯びている。

「……美雨。一日中やりすぎだぞ。クラスの連中、完全に疑ってるだろ」

「いいんです。というか、疑わせるのが目的ですから」

 美雨はカウンターをひょいと乗り越え、俺のパーソナルスペースに踏み込んできた。


 逃げ場のない本棚の隅。

 彼女は俺の制服のネクタイを指先で弄りながら、挑発するように微笑む。

「……大智様。美雨はもう、『ただのメイド』で満足するのをやめました。学校では一番仲の良い女の子、家では一番近くにいるメイド。……その全部を、美雨が独占したいんです」

​「……」

「これでもまだ、美雨を『ただのクラスメイト』って呼びますか?」

 彼女の顔が、昨夜の寝室よりも近くに迫る。


 天真爛漫な仮面の下にある、本気の、熱を孕んだ独占欲。


 俺の心臓は、もう爆発寸前だ。

「……呼びたくても、呼べないだろ。こんなことされたら」

「えへへ、正解です! じゃあ、ご褒美に帰り道は……手を繋いで帰りましょうね?」

 そう言って、美雨は俺の手を恋人繋ぎでギュッと握りしめた。

 家の中だけだった二人の甘い関係が、ついに外の世界へと溢れ出し始めた。


 宮本大智の「平穏な学生生活」は、今日、正式に終了を告げたのだった。

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​距離感バグりすぎな天真爛漫メイドは、今日も主人を離してくれない 冰藍雷夏(ヒョウアイライカ) @rairaidengei

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