第4話 止まない雨と、メイドの素顔
窓の外では、バケツをひっくり返したような豪雨が叩きつけていた。
遠くで鳴り響く雷鳴が、普段は静かな宮本家に重苦しい余韻を残していく。
「……こりゃ、しばらく止みそうにないな」
俺はスマートフォンの雨雲レーダーを眺めながら溜息をついた。
鉄道は運転見合わせ。バスも止まっている。
そして、目の前には――。
「……ふえぇ、大智様。お外がピカピカゴロゴロって、美雨をいじめてきます……」
いつも元気な美雨が、毛布にくるまってソファの隅で小さくなっていた。
天真爛漫な彼女の意外な弱点。それは、雷だった。
「美雨、今日はもう帰るの無理だろ。……うちに泊まってけよ。客間なら空いてるし」
「えっ、お泊まり……ですか?」
毛布からひょこっと顔を出した美雨の瞳が、一瞬で期待と不安に揺れる。
「……いいんですか? メイドがお屋敷に泊まり込むなんて、それって……それってつまり、『夜のお世話』も含まれるということでしょうかっ!?」
「含まれない! 変な深読みする元気があるなら大丈夫そうだな」
「むー! 美雨はいつでも全力投球なんです!」
いつもの調子が戻ってきたかと思いきや、直後に大きな雷鳴が轟いた。
「ひゃうんっ!?」という可愛い悲鳴と共に、美雨が俺の腕に飛び込んできた。
◇
「……美雨、近い」
「だ、大智様チャージをしないと、美雨の心臓が止まっちゃいます……。お願いです、あと五分……いえ、雨が止むまでこうさせてください」
腕の中に伝わる、彼女の小さな震え。
普段の強気なアプローチとは違う、本能的な
「頼られている」感覚に、俺の胸の鼓動も自然と速くなる。
シャンプーの甘い香りが、雨の匂いを上書きしていく。
「……わかったよ。ほら、温かいココアでも淹れてやるから」
「えへへ、大智様の手作りココア……愛の隠し味、期待してますね?」
深夜。
美雨に客間を貸し、俺は自分の部屋で横になっていた。
だが、隣の部屋から聞こえる激しい雨音のせいで、全く眠りにつけない。
すると、ドアが微かに開く音がした。
「……大智様。起きてますか?」
暗闇の中、パジャマ姿の美雨が立っていた。
貸し出した俺のTシャツ。彼女にはサイズが大きすぎて、襟ぐりから白い肩が大胆に覗いている。いわゆる『彼シャツ』状態だ。
「……どうした、眠れないのか?」
「……はい。雷も怖いんですけど、その……一人だと、さっきの『お風呂のハプニング』とか思い出して、顔が熱くて……」
彼女はトコトコと歩み寄ると、俺のベッドの端に腰を下ろした。
月の光に照らされた美雨の横顔は、いつもの「メイド」の仮面を脱ぎ捨てた、ただの無防備な少女だった。
「美雨、お前……」
「大智様。美雨ね、本当は……メイド失格なんです。大智様を支えるどころか、こうやっていつも甘えてばっかりで」
「そんなこと――」
「あります。本当は、もっとクールで完璧なメイドになりたかったんです。でも、大智様の前に出ると、どうしても嬉しくて、楽しくて……距離感を間違えちゃうんです」
美雨が、俺の手をそっと握った。
少し冷たい、でも柔らかな指先。
「……嫌、ですか? こんな、うるさくて、ベタベタしてくるメイド」
暗闇の中で、彼女の瞳が潤んでいるのがわかった。
天真爛漫な笑顔の裏にあった、彼女なりの不安。
俺は迷わず、その手を強く握り返した。
「嫌なわけないだろ。……俺の方こそ、お前がいない毎日は、もう想像できないんだ」
「……大智様」
美雨の顔が近づいてくる。
昼間のお風呂場とは違う、静寂の中での、確かな意志を持った距離の詰め方。
彼女の吐息が唇に触れる。
「……今夜は、帰りたくなくなっちゃいました」
そう囁いた美雨は、そのまま俺の胸に潜り込んできた。
「え、ちょっ……!?」
「おやすみなさい、大智様。……大好きですよ、本当に」
結局、彼女はそのまま俺の腕の中で、幸せそうな寝息を立て始めた。
……俺の不眠症は、どうやら明日まで長引きそうだった。
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