第2話 稼いだ金に対する疎ましい気持だけが残った 

 半月後・・・

斡旋屋が仲立ちして期限二年の契約書も整い、二ヶ月分の手当てを先立てられて、街端れに用意された閑静なマンションへ遼子は引っ越した。

相手は齢六十三歳の恰幅の良い男だった。確かに身体はそう大きくは無かったが、然し、とても精力的に見えた。男は京呉服の問屋「京装堂」の社長で名を大山恒夫と言った。「京装堂」は着物の反物だけでなく帯地から和装小物まで扱い、東京や名古屋や金沢にも支店・営業所を持つと言う大きな会社だった。

初めての引き合わせの日、遼子は料理屋の畳敷きの和室で両膝を揃えて両手を着き、丁寧に挨拶した。

「小泉遼子と申します。不束者ですが、どうぞ宜しく、お願い申し上げます」

斡旋屋に教えられた挨拶の口上だった。

「大山です。此方こそ宜しく、な」

早速に酒肴が運び込まれ、小さな宴が始まった。

「さぁさ、遼子君、今日は儂らの初顔合わせだ、其処の仲居さん達も一緒に賑々しくやってくれ」

社長はそう言って相好を崩した。

 夜更けて斡旋屋が帰った後、遼子と大山社長の初めてのベッド・インとなった。

大山の誘いは優しかった。忙し気に急いで押し入ると言う風はなく、ゆっくりと滑らかに遼子に躰を開かせた。若い男が相手の時とはひと味違った悦びが遼子の躰を駆け巡った。

 だが、大山の精力は旺盛だった。三日と空けずにマンションに足を運んで来て、遼子の肉体を求めた。然も、それは、次第に、執拗で粘ちこく長々と続くようになった。最初、遼子は初めて味わうような歓喜に身も心も震えたが、次第に果てしなく続く狂気のような愛撫に心も躰も耐え切れなくなって来た。

「もう、堪忍して・・・」

ことが終わった後は精根尽き果てて、ぐったりと動けなくなった。

大山も、遼子の底の無い甘くて濃い若い蜜に吸い付きながらも齢には勝てないのか、偶には、遼子を抱くこと無く、酒肴だけで帰って行くこともあった。ただ、その時には、遼子に着ている物を全て脱がせ、一糸纏わぬ彼女の躰を一時間余りも眺め廻した。

「社長、寒いから、もう着る物を着させて・・・お願い」

遼子の懇願に、躰に穴の開くほど眼で味わってから大山は帰って行った。

 半年ほどが過ぎた頃・・・

執拗な愛撫に耽っていた大山の躰が遼子の上で急に動かなくなった。

「社長、どうしたんですか?重いですよぉ・・・」

顔を上げて遼子が見やると、大山が口から舌を出し、涎を垂らして、眼を剥いていた。

「社長!社長!起きて下さいよ!」

吃驚して肝をつぶした遼子は直ぐに一一九番通報した。

救急病院の医者は診察の後、首を横に振って、同行して来た遼子に言った。

「命は大丈夫ですが、恐らく、脳卒中でしょう。口は利けませんし、躰の半分は麻痺してしまいます。投薬は開始しますが、果たして快くなるかどうか?・・・」

遼子は呆気に取られて言葉が出なかった。

暫くして、遼子は思った。

この人は思い切り歓がって、死ぬほど歓がって、あたしの腹の上で倒れたんだわ。きっと本望だったに違いないわ・・・

 数日後、援助交際を仲立ちした斡旋屋が「京装堂」の常務と話を纏めて、遼子の処へやって来た。

「期限はあと一年残って居るが、一年分の手当てを満額獲るのはちょっと阿漕と言うもんだ。話の解る良く出来た息子さんで、半分の半年分で話を着けて来たから、君もこれで納得してくれ。此処に二百五十万円有る、さあ、収めてくれよ」

遼子に異存はなかった。有難く頂戴した。

「このマンションは出来るだけ早く空けて欲しいそうだ。一月以内に立ち退いてくれ、良いな」

「分かりました、そうします」

斡旋屋が改まった口調で訊ねた。

「こんなことが有って何なんだが、どうだ?次の口が在ったらまた乗るかね?」

「いや、この仕事は疲れたわ、お金にはなったが心も躰もへとへとよ。もっと勝手気ままに暮らせる仕事を見つけるわ」

「そうか。まあ、精々、頑張って稼ぎなよ。相談事が有ったらまた話に乗るからさ」

斡旋屋はそう言って帰って行った。

が、遼子の胸には、稼いだ金に対する疎ましい気持だけが凝固って残った。

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2026年1月12日 20:00
2026年1月13日 20:00

女ひとり、途方に暮れて 木村 瞭  @ryokimuko

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