女ひとり、途方に暮れて

木村 瞭 

第1話 「えっ?あたしと援交を?」 

 小泉遼子は四歳で父親と死に別れ、五歳の時に母親も亡くなって児童養護施設に預けられた。高校を卒業するまで彼女は其処で暮らした。

日々の生活にはそれほど細かい規則や守らなければならない集団生活のルールは無かったし、社会に出て必要な常識的なこと以外には必要以上に縛られることは無かった。

だが、施設で暮らして居る子供達は、遼子のように両親とも居なくて身寄りの無い子は少数で、片親を亡くした子、親が病気になった子、親が行方不明の子、親から虐待を受けた子等々、心に何らかの傷を負っており、特に、捨てられた、という思い込みが激しく、非行に走る子も間々居た。心の傷が色々有って喜怒哀楽の激しい子や普段はおとなしくても突然暴れだして精神的に不安定になる子等も居た。

 遼子は中学生になって思春期を迎えた頃、孤独感に苛まれて自閉した。

遼子は、預けられた時には既に五歳になっていたので、親という存在も解かっていたし、父親のことはあまり記憶に無かったが、母親と過ごした生活も母親の面影も僅かながらには憶えていた。中学校に上った時に施設長の先生から親のことを聞かされたが、やはり親が居ると違う生活が有ったんだ、とショックは隠せなかった。

遼子は施設長の話を詳しく聞き進むにつれて、次第に暗い思いを胸に沈ませて行った。自分はやくざ紛いの父親と芸者の母親との間に生まれた子供だったのだ、然も、妾の子だったのだ・・・生まれながらにして、普通の子では無かったのだ・・・

それから遼子は荒れた。心が落ち着かず精神の安定を欠いた。遼子は、洋服や本や雑貨等を床が見えない程に凄まじく散乱させて暮らした。散らかして置かないと心が落ち着かず、物に取り囲まれていることで安心感を得ていたのだった。部屋は遼子の心を表していた。散乱している物で鎧のように自分を包み、守って居たのだった。

施設の丸山と言う女先生がCDを聞かせたりDVDを見せたりして、音楽を拠所にして根気よく遼子の心を解いて行ってくれた。遼子は次第に心の鎧を脱ぎ始め、二年ほど後には部屋を片付けられるようになって、漸く普通の女の子に戻っていった。

 

 だが、高校を卒業した時、孤児の遼子には就職先も住むアパートも無かった。施設長が保護者という生徒をOLや店員で雇う会社は無かったし、その上に未成年という子供にアパートを貸してくれるところも無かった。派遣やパートの仕事では自分一人の食い扶持さへ覚束なかった。遼子は止む無く年齢を偽って夜の水商売の道へ入って行った。

働き始めたバーで、仕事に慣れ、客とも馴染んだ頃、ママに中年の常連客と寝ることを強要された。驚いた遼子は、早々に逃げ出したが、次に勤めた処でも同じであった。

「お願い、勘弁して!それだけは嫌よ」

遼子は大きな男の躰の下で哀訴したが、その声は男の強い力で空しく掻き消された。

「嫌ぁ~!」

十八歳の晩秋の暗い店の二階だった。 

初めは嘆き哀しんだ、が、やがて心が麻痺して何とも思わなくなって行った。何時までも泣いてはいられなかったし、そんなことでは生きても行けないと遼子は自分自身に居直った。その頃には、施設の先生が言った「辛抱するんだよ」という言葉には、こういうことも含まれていたのだと解っていた。彼女は波に流されるように、浮世の仕組みの中を無感情に流れて行った。


 或る日、喫茶店の窓辺に腰掛けてコーヒーを呑んでいた遼子に、一人の見知らぬ男が声を掛けて来たことから始まった。四十がらみの物腰の柔そうな男だった。

「君が小泉遼子君だね?」

「そうだけど・・・あなたは一体?・・・」

「君を世話したいと言う社長さんが居るんだが、どうだ?話だけでも聞かないか?」

「えっ?あたしと援交を?」

「今のご時世、愛人稼業は女の立派な職業だ。愛人になるのは、何もその日暮らしの貧乏な娘ばかりじゃなく、ちゃんとした家の娘たちだって、OLや店員よりも実入りが良いから自ら進んで愛人になる娘も結構居るんだよ」

遼子は興味を惹かれて身を乗り出した。

「あなた、斡旋屋なの?」

「そうだ、昔で言う口入屋だ。俺が仲立ちして話を纏めるんだよ。もっと詳しく話そうか?」

「うん、うん・・・」

「手当は月に五十万円だが、俺が十万円貰うから、君の取り分は四十万円だ。本宅には妻子が居るから別にマンションを用意するそうだ。まあ、五日に一度か、七日に一度ほどやって来る社長の夜のベッドの相手をすれば、後は好き気儘に暮らして良いということだ」

「月に四十万円と言うと、一年で五百万近くにもなるじゃない?・・・」

遼子は、心底、愕いた。

「そうだな。まあ、割の良い稼業ではあるね。だから、地方から来たちょっと器量の良い娘はOLを辞めてさっさと愛人になるし、下手に貧乏人の女房になるくらいなら愛人になった方が遥かに楽な生活が出来るというものだ」

遼子の心は大いに動いた。

見透かしたように斡旋屋が話を続けた。

「取り決め期間は二年間で、ちゃんとした契約書も作られる」

「相手の社長さんっていうのは、どんな人なの?」

「歳は六十過ぎで、躰はそんなに大きくはない。会社の仕事は既に大半を息子に仕切らせているが、金目の大事なところは自分が握っている。まあ、社長だから一筋縄ではいかんかも知れないがな」

決心しかねている遼子に斡旋屋は言った。

「今の世の中、未婚や非婚の独り者が多い。だから“安囲い”が流行るって訳だ」

「えっ、何、その“安囲い”って?」

「一人の愛人を複数の男たちが囲うのさ。愛人の費用を分担することで、出る金を節約しよういう魂胆だな」

「そんなことをして、愛人の家で鉢合わせをしたらどうなるの?」

「そうならないように女が日取りを決めるんだよ」

「なるほど、上手く考えたもんね。男は安上るし女はたんまり稼げる、両得って訳だ」

「そうかも知れないが、女は躰が持たないんじゃないか?三日に一度来る男を三人持てば毎日ってことになる、五日に一度にしても三人なら月の内二十日ほどは相手をしなきゃならない、然も、同じ相手じゃないから、そりゃきついだろうよ」

「それも、そうね・・・」

「それを考えりゃ、君の場合は、君に見惚れた社長独りだけが相手だから、楽ってもんだぜ、な」

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