今日も私は、婚約を破棄される

間咲正樹

今日も私は、婚約を破棄される

「ディートリンデ! 今この時をもって、君との婚約を破棄する!」

「「「――!!」」」


 煌びやかな夜会の最中。

 我が国の第一王子であるバルドゥル殿下が、唐突にそう宣言した。

 嗚呼、……。

 これでこの光景を目にするのは、いったい……。

 とはいえ、こうなってしまった以上、ほうけているわけにもいかない。

 、粛々と事を進めるだけよ。


「……バルドゥル殿下、どういうことでしょうか? 我々の婚約は、国が定めた絶対的なもの。余程の理由がない限り、破棄することはできないと存じますが」

「ああ、その余程の理由があるから、僕はこうしてるんだよ! ――しらばっくれても無駄だぞ! 君が最近、エマに執拗な嫌がらせをしているのはバレているのだからなッ!」


 バルドゥル殿下は隣に立っている、男爵令嬢のエマさんの肩を抱く。


「嫌がらせ? いったい何のことでしょうか? 私はエマさんに、私という婚約者がいるバルドゥル殿下と、二人で会うのは如何なものかと忠告したまでですわ」

「だーかーら! それが嫌がらせだと言ってるんだよ僕は! どうせ君のことだ! ネチネチと嫌味を言って、エマを精神的に追い詰めたんだろう!? 君のような痴れ者は、王太子である僕の婚約者に相応しくないッ!」

「それは違いますよ、

「っ!? ラルス……!?」


 その時だった。

 第二王子であらせられるラルス殿下が私の前に立ち、バルドゥル殿下と対峙した。

 実の弟からのまさかの横槍に、バルドゥル殿下の表情が困惑の色で染まる。


「ディートリンデは、、忠告したのです。――何故ならエマ嬢は、兄上とディートリンデが婚約していることは、んですから」

「…………あ」


 そうなのだ。

 私とバルドゥル殿下の婚約は、当時はまだ一部の人間にしか明かされていないトップシークレットだった。

 あろうことかバルドゥル殿下は、それをいいことに自分には婚約者はいないというていを装い、エマさんにも粉をかけようとしたのだ。


「……ひ、酷いです、バルドゥル殿下」

「エ、エマ……!?」


 エマさんはバルドゥル殿下の手を振り解き、バルドゥル殿下と距離を取った。


「私が殿下に『本当に婚約者はいらっしゃらないんですか?』とお訊きしたら、殿下はハッキリと『いないから心配はいらないよ!』と仰ったじゃないですか! ……あのままディートリンデ様が忠告してくださらなかったら、私はとんでもない過ちを犯すところでした」

「あ、いや……あれは、その……」

「しかも後日ディートリンデ様と婚約していることを殿下に問い詰めたら、『ディートリンデとは近々婚約を破棄するから問題ないよ』なんて言い出して……! そういう問題じゃないでしょう!? 私は噓をつかれたことを怒ってるんです! ――この際だから言わせていただきます。私はあなたのような人とは、とても結婚はできません」

「そ、そんな……! エマッ!」


 うんうん、よくぞ言ってくれましたね、エマさん。


「もうよい」

「っ!? ち、父上……」


 その時だった。

 ここまで事の成り行きを静観されていた国王陛下が、おもむろに口を開かれた。


「前々から浅慮な男だとは思っていたが、まさかここまで身勝手な愚か者だったとはな。バルドゥル、とてもお前には、この国の未来は任せられん。――今この時をもって、お前からは王位継承権を剝奪する」

「なッ!? どうかもう一度お考え直しください、父上ッ!!」

「ならん。暫くは自室で謹慎しておれ。――連れて行け」

「「「ハッ」」」


 無数の兵士に取り押さえられるバルドゥル殿下。


「クッ!? は、放せッ! 放さないかッ!! 僕は第一王子だぞッ!! 放せよおおおおッッ!!!」


 子どもみたいに駄々を捏ねながら、バルドゥル殿下は連行されていった。

 ……、哀れね。


「ディートリンデ、エマ、ラルス、、ご苦労であった」


 陛下が私たちに労いの言葉を掛けてくださった。


「勿体なきお言葉でございます、陛下。ですが、私は大したことはしておりませんわ。一番心の負担が大きかったのは、エマさんかと存じます」

「そ、そんな!? 私も大丈夫です! ……それよりもお辛いのは、ラルス殿下ではないでしょうか? 実のお兄様と、対立しているのですから」

「いや、それこそもう慣れたから、心配は無用だよ。――ですが父上、そろそろ何かしら手を打つ必要があるかと存じますが」

「うむ、そうだな……」


 陛下は顎に手を当てられながら、溜め息をつかれた。


 ――事の起こりは、今から半年ほど前。


『ディートリンデ! 今この時をもって、君との婚約を破棄する!』


 今日とまったく同じシチュエーションで、私はバルドゥル殿下から婚約を破棄された。

 その後の流れも同様で、バルドゥル殿下は王位継承権を剝奪されたうえ、自室での謹慎処分となった。

 ……だが、プライドの高いバルドゥル殿下には、その事実が受け入れられなかったらしい。

 何とバルドゥル殿下は、自分で自分のしてしまったのだ。

 具体的に言うと、私との婚約を破棄した当日以降の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。

 バルドゥル殿下の中では、未だに自分は王太子で、私と婚約したままなのだ……。

 そして今日のような夜会のたびに、バルドゥル殿下は婚約破棄を繰り返しているのだった――。

 いつかはバルドゥル殿下も事実を受け入れてくれるのではないかと、私たちもこの茶番に付き合っているのだけれど、あの様子だと、今回も徒労に終わりそうね……。

 確かにラルス殿下の仰る通り、そろそろ別の手を考える必要があるのかもしれない。


「父上、そこで私から一つ提案があるのですが」


 おもむろにラルス殿下が、頬をほんのりと桃色に染めながら、そっと手を挙げられた。

 ラルス殿下?


「うむ、何だ、申してみよ」

「はい、やはり兄上にもうディートリンデとは婚約者でないとわからせるためには、ディートリンデに新しい婚約者を作ってもらうのが一番かと」


 えっ!?


「ほほう、なるほどなぁ」


 陛下が意味深な笑みを浮かべながら、顎を撫でられた。

 私に新しい……婚約者を。

 確かにそれは一番無難な手かもしれませんが、公爵令嬢である私の婚約者となると、相応に身分の高い男性が求められます。

 ……それこそ王族でもない限りは。


「で? ラルスよ、当てはあるのか?」

「――はい、私が立候補させていただきます」

「「「――!!」」」


 なっ!?

 ラルス殿下は僅かに声を震えさせながら、それでも目は真っ直ぐ前を向き、そう宣言された。

 ラ、ラルス殿下……!!


「ディートリンデ、実はずっと前から、私は君のことが好きだったんだ」

「っ!?」


 ラルス殿下は私の目の前で片膝をつきながら、右手を差し出された。

 そんな――!!

 あまりに予想外な展開に、私の全身の血液が高速で巡り、体温を上昇させる。


「君みたいに高潔で気品に満ちた女性は、他に見たことがない。しかも困っている人を見掛けたら、放ってはおけない性格だろう? エマ嬢を兄上の毒牙から守った時もそうだったし、先日は足を怪我して血を流している使用人に、自分のドレスを破いて手当てもしていたよね?」

「あ、あれは、その、当然のことをしたまでですし……」

「ふふ、あれを当然だと思っている君だからこそ、私はこんなに好きになったんだ」

「ラルス殿下……」


 ラルス殿下の私を見つめる瞳は、火傷しそうなくらい熱く燃えている――。


「どうかこれからは私と二人で、人生を共に歩んではもらえないだろうか?」


 ラルス殿下は縋るようなお顔で、私を見上げられる。

 嗚呼――!!


「わあ! おめでとうございます、ディートリンデ様! ――今度は私が、ディートリンデ様をお助けする番ですね! えい!」

「っ!?」


 その時だった。

 エマさんが、物理的に私の背中を押した。

 エマさん!?


「おっと、危ない」


 咄嗟にラルス殿下が立ち上がり、私を抱きとめる。

 あわわわわ、ラルス殿下の腕、何て逞しいのかしら……。


「……どうかな、ディートリンデ? 私と結婚してくれるかい?」


 ラルス殿下の天使のようなご尊顔が、こんなに近くに……!


「…………はい、私なんかでよろしければ。――私も初めてバルドゥル殿下から婚約を破棄されたあの日、ラルス殿下に助けていただいた時から、陰ながらラルス殿下をお慕いして……おりました……」


 あまりにも恥ずかしすぎて、最後のほうは蚊の鳴くような声になってしまった……。


「――! ああもう! 可愛すぎるよディートリンデッ! もう一生離さないからね!」

「ひゃっ!?」


 ラルス殿下から、ギュッと強く抱きしめられる私。

 はわわわわ……!


「うむうむ、これで一件落着だな」


 顎を撫でながら、うんうんと頷かれる陛下。


「お二人とも、おめでとうございまあああす!!」


 そしてエマさんは紙吹雪を舞い散らせながら、私たちを祝福してくれたのだった。

 その紙吹雪、どこから持ってきたの!?


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今日も私は、婚約を破棄される 間咲正樹 @masaki69masaki

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