黎鳴のサクリファイス - Sanctuary of Engaged Kindred Wishes -

@kaz321

【プロローグ】/■話【お祭り】


 その町には、一つの伝説があった。



 古物に宿る哀しい化け物にまつわる、


 今はもう忘れられた昔話。




 それは、あやかしであり、神になりきれない存在。


 心からこぼれ落ちた影の姿。




 十の影は取り憑いた人々を喰らい、奪い、貪り――


 そして…… 引き換えに恩恵を授けた。




 それから長い月日が過ぎ――



 妖と人々との繋がりはいつしか消え、


 存在すら……忘れ去られていた。



    ◇◆◇



「今年はお祭りのお手伝いをするから星宮ほしみやさんの所に挨拶しに行きなさい」


 家に着くなり祖父からそう言い渡される



 中学2年の夏休み、翔汰しょうたは今年は一人で祖父母の家に泊まりに来ていた。


 もうすぐママが赤ちゃんを産むから、両親は家で準備をしている。


「お母さんの分までしっかりお手伝いしておいで」と父に送り出されたのだ。


 祖父母の家は、電車が1時間に3本程度しかない町の外れの、山に囲まれた小さな集落にある。


 翔汰は夏休みに祖父母の家に泊まりに来るのが好きだった。


 おばあちゃんは優しくていつもニコニコしているし、おじいちゃんは無口だが翔太を可愛がってくれる。


 それに今回はいつものお泊まりではなく、お祭りの手伝いをするという初めての体験に翔汰の胸は高鳴っていた。


「お祭りってどんな事するんだろう?」


「それは行ってからのお楽しみよ」


 そう言い笑う祖母に翔汰は満面の笑みを浮かべると。


「いってきます!」


 翔汰は神社に向けて蝉の声が響く中駆け出した。


    ◇


「暑いなぁ……」


 翔汰が神社へと続く山の階段を上っていると


「あら? もしかして翔汰君?」


「え?」


 ――――最初はオバケかと思った。


 階段の途中から分かれる獣道のような脇道から出てきた女の人に突然声をかけられたのだ、


 それも暗くても目立つ赤い瞳にひざくらいまである白くて長い髪の見知らぬお姉さんに名前まで呼ばれて。


「やっぱり翔汰君だね、待ってたよ」


「えっ……あ、こんにわ。」


 翔汰は少し警戒しながらそう答える。


 突然知らないお姉さんに親しげに話しかけられれば誰だってこうなるだろう。


「ぼ……俺、お祭りの手伝いで星宮ほしみやさんの所に行かないといけないから――」


 言い訳をしながらオバケ?のお姉さんから逃げようとするが、


「ほーら逃げない、手伝いに呼んだのは私なんだから!」と、


 逃げようとする翔汰の腕をお姉さんにグッと掴まれる。


「え? あなたが星宮ほしみやさんですか?」


 お姉さんはその疑問を聞くととした顔に一瞬なった後、


「もしかして、私のこと覚えてないかな?


 私、前……5年前のお祭りのお手伝いでも翔汰くんと一緒だったみたいなんだけど……」


 お姉さんの問いかけに翔太は困惑し答えようとすると……。


「そっか……じゃあ仕方ないね」

 お姉さんはそう言って翔汰に笑いかける。


私の名前は星ノ宮ほしのみや紅葉くれは……紅葉もみじと書いて“”。


 星宮ほしみやさんの親戚……かな?」


 昔から祖母に「神社の森には入ってはいけない、オバケが連れて行ってしまう」と教えられていた森へと続く脇道から現れたお姉さんは、改めてそう名乗った。


    ◇


「ここが悠久神社だよ」


 雑談をしている内にいつの間にか目的地に着いたようだ。


 初めて来た悠久神社はテレビとかで見る立派なものではなかった。


 ただ、寂れたお社と管理のためかの建物があるくらいで、


 まだ日も高いのに後ろにある森に飲み込まれそうな印象をうけた。


「ほら、じゃあこっちに……」


 翔汰の手を引こうとする紅葉さんに


「ねぇ……そろそろ手を離して」


 そう翔汰が言うと。


「あ、ごめんね」


 紅葉さんは名残惜しそうに手を離す。


「それで俺はどうしたらいいの?」


「みんな待ってるから社務所まで一緒に行こっか」


 1人で歩き始める紅葉さんの後ろを翔汰はついて行きながら尋ねた。


「ねぇ、みんなって誰なの?」


「翔汰くんと同じお手伝いの子達、男の子の中では翔太君が一番お兄ちゃんだね」


 喋りながら歩き、その建物に着くと。


「じゃあちょっと待っててね?」


 そう言うと紅葉さんはお社の近くにある建物の扉を開けると中に声をかける。


「ただいまー。翔汰君も途中で見つけてきたー」


 紅葉さんの声とともに社務所の中からは小学生くらいの子たちがぞろぞろと出てくる。


「遅ーい!」「どこ行ってたんだよ」


 子供たちに口々に話しかけられ、困惑する翔汰。


「じゃあみんな揃ったし、遊ぼっか」


 紅葉さんはそう言って僕たちをつれて社務所の中に入っていった。


「はい。翔汰くんこれ忘れ物」


 社務所の中に入るなり紅葉さんは、


 階段で出くわした時から片手に持っていた、


 鈴になっているキーホルダーを翔汰に差し出して見せる。


「忘れ物?」


「前その根付を、五鈴いすず爺さんの…翔汰くんのおじいちゃんの家に忘れて帰ったでしょ?預かってたから返すね」


「あぁ……ありがと」


 翔汰はお礼を言って見覚えのない鈴を受け取って、ポケットにまおうとすると。


(……ん?)


 いつのまにか、ポケットの中にカードが入っていた。


 トランプくらいの大きさ。


 表には『地面に落ちてる髪飾りと鈴』の絵で、裏には見たことのない紋様。


「あれ、これ——」


「どうかした?」


「……いや、なんでもない」


紅葉さんの声に振り向くと、とっさに誤魔化してしまう。


けれど、それを持っていることが当たり前のような不思議な感覚もあった。



    ◇


 紅葉さんはお祭りの役割で僕たちの母親役らしく、


 僕達にお母さんと呼ばせて、


 神様を表すらしい絵を見せながらこの町が村だった頃の昔話を聞かせたり、遊んだりしてくれる。


「はいはい。みんな集まってー」


 紅葉さんに呼ばれて、翔汰も輪に加わる。


「ねぇ……慣れてるね。」


「ん?  あぁ、もしかして翔汰君は知らなかったんだね」


 紅葉さんは可笑しそうに話し出す。


「この村ではね、昔から“夏祭で子どもが歌う童歌”があるの。


 みんな小さい頃から教えられて育つんだよ」


「へー……」


 紅葉さんが軽く手拍子をすると、


 子どもたちが嬉しそうに声を合わせ始めた。


 ひとつ さくらは さかしまに、


 ふたつ にわとり あけをつげ、


 みっつ ふるふみ ときしるす、


 よっつ きずあと つるにのせ、


 いつつ ゆるしぞ たたれさり、


 むっつ かがみは……


 その歌を聞いた瞬間、翔汰は固まってしまった。


(―――この歌、知ってる……?)


「どうしたの? 翔汰君?」


 デジャブに沈んでいた頭が、その声で現実へ引き戻される。


「いや、何でもないよ」


 歌い終えた子どもたちは、今度は紅葉さんを呼びはじめた。


「かーちゃん!手拍子のやつ教えて!」


「はいはい」


 紅葉さんは慣れた様子で子どもたちに手振りや拍の合わせ方を教え、


 それぞれの頭を優しく撫でながら回っていく。


「翔汰君もどう?」


「いや、俺は別に……」


 ただ見ているだけの翔汰に紅葉さんは首をかしげる。


「歌とか上手なんですね。」


「そこまでじゃないよ。結禍ゆいか姉さんとかなら、色々できるだろうし……。あの人、何でもそつなくできるからさ……私は全然かなわないよ……」


 突然落ち込みはじめた紅葉さんに、翔汰は慌ててごまかす。


「ねぇ紅葉さん!俺にも手拍子教えて!」


「え?  あ、うん!  じゃあ一緒にやろっか」


    ◇


 みんなで歌っていると、気づけば日が傾き始めていた。


 翔汰は疑問に思っていたことを紅葉さんに聞いた。


「ねぇ……紅葉さん、お祭りのお手伝いはしなくていいの?」


「ん? もう終わったからいいの」


 そう言って笑う紅葉さん。


「え? なにもしてないよ?」


「ダイジョーブ。暗くなる前におじいちゃんの家に帰りなさい」


 翔汰は追い出されるように神社を後にする。


「また明日ね。……翔汰君」


 手を振る紅葉さんに翔汰は手を振り返すとおじいちゃん家に向かって歩き始めた。


    ◇


「ただいまー」


 翔汰が家に着くと祖父が出迎えてくれた。


「おかえり。お祭りの手伝いは終わったかい?」


「うん、終わったよ。でも遊んでただけでなにもしてないの。それでね……」


 翔汰は今日あったことを話し始める。


「そうか、それじゃその子達の中に神様がいたかもしれない」


 おじいちゃんは翔汰の話を聞いてそう答えた。


「神様?」


「そうだとも、ここの神様……悠久ゆきひさ様は哀しい神様なんだ」


 そう言いおじいちゃんは説明を続ける。


悠久ゆきひさ様は空から落ちてきちゃって、置いてかれて、独りぼっちで寂しかったんだよ」


「神様が寂しがってたの?」


「そうだとも、だからみんなで一緒にいてあげようと毎年お祭りをしているんだよ」


 おじいちゃんは紅葉さんと同じ昔話をし始める。


「そっか……」


 そう言って俯く翔汰の頭をおじいちゃんは優しく撫でてくれる。


「翔汰も神様と仲良くしてあげてな」


    ◇


 2日後――。

 

 迎えに来た父の車に乗り込み、 翔汰は家に向かっていた。


「あれ? 翔汰、その根付けキーホルダーどうしたの?」


 運転する父親は車の後部座席にいる翔汰に横に置いてあるリュックサックを指差し声をかける。


「忘れ物だって言われて渡された」


「そう……なら違うか……」


 父は少し笑って続ける。


「家に帰ったら、お母さんも病院から帰って来てるし弟に会えるぞ」


「……うん」


 翔太はほんの少し俯いたまま答えた。


 嬉しくないわけじゃない。だけど、なんだかモヤモヤする。


 しばらく黙っていたが、ぽつりと声を上げる。


「ねえ、お父さん……弟ができても、俺のことも……ちゃんと、大事?」


 運転席から父の優しい声が返ってきた。


 「もちろんだよ。翔太は俺たちの自慢の長男だ。弟が生まれても、


 お前が【】大事なことに【】さ」


 翔太は「そっか……」と呟き、窓の外に目を向けた。


 山の向こう、神社の森の影が揺れているように思えた。


 父は、何かを思い出すようにゆっくり話し始めた。


「……翔太。お祭りに参加したって事は童歌を教えられたんだろ?


 今はだいぶ省略されてるらしいんだけど、


 昔はもっと長かったらしいんだ」


「もっと長い……?」


 お父さんはうなずく。


「お前が聞いた歌は実は最初の一行だけでな、


 村の古い家ごとに歌のが伝わってたんだ。


 けどなあ……その家ももうだいぶ減っちまっててな。


 鏡月きょうげつさんの婆さんも翔汰が生まれる前に亡くなって、


 今じゃ残ってる家は鴇食ときはみさんと親父――お前のじいちゃんの家くらいだ」


 翔太は思わず息をのむ。


 父はそっと続けた。


「うちの名字の五鈴いすずは、その五番目の歌の家って事なんだよ」


「名字の……?」


「あぁ。ご先祖様が、“歌を絶やすわけにはいかない”って。


 だから五番の歌を継ぐ家って意味で、“五鈴”を名乗ったらしい」


 父は懐かしそうに目を細める。


「確か歌詞は……、


『いつつ ゆるしぞ たたれさり、


 ほんとのことか うそのこと、


 こころはゆらぎ うたがえば、


 よるべまよいて うそとなる』


 だったかな。鈴の要素なんもないな」


 父は苦笑しながら続ける。


「今じゃその歌を知ってるのも親父と、俺くらいだな」


 そう言う父の目は、どこか少し寂しげだった。




 翔汰のリュックに付いている古い根付けの鈴だけは、


 リン♪ と「自分の場所だ」と顕示するように静かに鳴っていた―――。





    ◇◆◇


 5年前――。


 山あいの神社は、夕陽の色に染まっていた。


 10人の子供たちが輪になり、中央では母親役の女性が腰を下ろしている。


 それは昔から続く“儀式”――空に帰れなくなった神様を慰め、迎え入れるためのもの。


 子供たちの手には、十種類のトランプほどの大きさの絵がある。


 それぞれには、この神社に祀られている神々をあらわす姿が描かれていた。


【桜と赤い紐】、【朝日と鶏】、【和本】、【折り鶴と盃】、


【水鏡の月】、【燃え盛る篝火】、【閉じた門】、【ロウソクとちぎれかけの縄】、【煙の見せる笑い合う二人】。


 そして――【地に堕ちた髪飾りと鈴】。


 十の神を表すそれらの絵は、


 まるで子供たちの手の中で息づいているかのようだった。


 輪の中には、幼い翔汰もいた。


 彼は【地に堕ちた髪飾りと鈴】の絵を両手で握りしめ、


 女性の語りをじっと聞いている。


「むかしむかし、ここに迷いこんできた神様がいたの」


 母親役の女性の声は、火の灯りのように穏やかだった。


「その神様は、家族においていかれて、空に帰れなくなってしまったの」


 子供たちは黙って耳を傾けている。


「神様はね、とても寂しかった。


 だから村の人たちは、神様を慰めてあげようとしたの。


 ひとりぼっちにしないように。寂しくないように。悲しくないように――」


 その言葉に、【朝日と鶏】の絵を手にした幼い少女――紅葉が不安げに声を漏らした。


「……ねえ、おば……おかあさん」


紅葉が囁くように言い、女性の袖をぎゅっと掴んだ。


 その隣では【水鏡の月】の絵を抱えた紅葉と同い年くらいの少女――結禍が、


静かに紅葉の手元を見つめていた。


 母親役の女性は、夕陽に染まる空を見つめながら微笑む。


「怖がらなくていいのよ」


 彼女は子供たちに優しく語りかけた。


「神様はね、寂しかったの。悲しかったの。


 だから怖がることはないの。“あなた”と“彼ら”はお友達。


 ――でも、おそれを忘れてはいけないよ。


 ただ怖がるのではなく、相手のことを大切にすること――


 おそれを忘れたとき、人は不幸になる。だから……」


 彼女は子供たちの顔をひとりひとり見渡し、


 そっと両手を広げて包み込むように言葉を続けた。


「だからどうか、恐れないで。怖がらないで――


 共にいてあげて……。愛しんであげて……」


 その隣で、結禍が頬をふくらませる。


「くれちゃんだめ、その人は私のママなのに!」


「もう、ゆいか」


 女性は笑いながら二人を抱き寄せた。


「今日の私はね、みんなの“おかあさん”なの。


 神様がひとりにならないように、みんなで一緒に……ね」


 紅葉はほっとしたように笑い、


 結禍はその横で、どこか納得のいかない顔をして唇を尖らせる。


 彼女の手にある【水鏡の月】の絵は、


 誰にも知らぬうちに妖しく光っていた。


 母親役の女性結禍の母は、もう一度、夕暮れの空を見上げて微笑んだ。


「神様はね、あなたたちの願いを聞いてくれるの。


 それが大切な願いならきっと叶えてくれる。


 でも――おそれを忘れてはいけないよ。


 忘れたとき、神様は怒ってしまうかも。


 怒った神様は、きっと私たちを罰してしまう。だから……」


 彼女は子供たちの髪をそっと撫でながら、


 やさしく、けれど切なげに囁いた。


「――独りにしないであげて」

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2026年1月11日 10:02
2026年1月12日 10:02

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