第4話 魔王の置き土産と、12時間の猶予 後半

「命(ちん◯)に関わる戦いだ。失敗は許されない」


俺は歩きながらスマホの通話画面を開いた。

電話番号の項目の前で、指がタップするか否かを何度も逡巡する。

童貞歴37年(肉体年齢27年)のヘタレた精神と、日本滅亡への危機感が、脳内で激しく殴り合う。


「……ええぃ。ままよ!」


意を決してタップする。


プルルルル……。

コール音が鳴り、握りしめた手が汗で滑る。


『はい、高級ソープ『ル・シエル』でございます』


電話口の向こうから、丁寧で落ち着いた女性スタッフの声が聞こえた。


俺は震える声で、必死に尋ねた。


「あの、今から、ひめかさんの予約は……可能でしょうか」


通常、店のナンバーワンなんて数週間先まで予約が埋まっているのが常識だ。ましてや当日の飛び込みなんて、門前払いされてもおかしくない。

だが、スタッフの返答は予想外のものだった。


『確認いたします……はい、奇跡的に18時からでしたら、ひめかの予定は空いております』


「ほ、本当ですか!?」


『ええ。では、ひめかでのご案内でよろしいでしょうか?』


「は、はい! お願いします!」


『かしこまりました。本日のご案内、90分のロイヤルコースで総額10万円になります』


「……じゅ、10万!?」


俺は一瞬固まり、足が滑って転けそうになった。

10万円。ブラック企業時代の給料で考えたら、血反吐を吐くような1週間分以上の労働対価だ。それが、たった90分で消える。


(いや! 日本滅亡(ちん◯ばくはつ)と比べたら一周回って安すぎる!!)


そう自分に言い聞かせる。

半径2000km級の爆発を防ぎ、日本列島と俺の命を守る保険料としては、破格もいいところだ。それに、俺にはあの地獄で貯めた貯金がある。

俺は震える声を抑え込み、努めて冷静に返した。


「……大丈夫です。予約、お願いします。予約の30分前には着くようしますので」


通話を終えると、俺はふとショーウィンドウに映った自分を見た。

そこには、20連勤明けの疲れ切ったサラリーマンが映っていた。

ヨレヨレのスーツ、無精髭、死んだ魚のような目。

唯一の救いは、回復魔法の影響で肌と髪の毛の艶だけが妙に良いことくらいか。


「……こんな薄汚い格好じゃ、相手にも失礼だし、俺の記念すべき筆おろしが台無しだ」


俺は近くの「ウニシロ」へ駆け込んだ。

ディスプレイされていたマネキンを指差し、

「これ、全部ください」と即決。


清潔感のあるジャケット、シャツ、チノパン。それに加えて、新品のボクサーパンツと靴下も購入した。

靴も近くにあったCBAマートにいって、服装に合う靴を店員に選んでもらう。


なんかの本で読んだ気がする。

『女の子にとって一番大事なのは清潔感』だと。


買い物を終えると、その足で近くの漫画喫茶に飛び込み、シャワー室へ直行した。

熱いシャワーを浴び、備え付けのボディソープで体を隅々まで洗う。

特に、これから重要な役割を果たすイチモツは、皮が剥けるんじゃないかというくらい念入りに洗った。


髭を剃り、バスタオルで体を拭き、買ったばかりの新品の服に袖を通す。


「よし……これで最低限、人としての尊厳は保てるはずだ」


俺は漫画喫茶を退店し、決戦の地へと急いだ。


予約時間の20分前きっかり。

俺は歌舞伎町の奥にある雑居ビルの前に到着した。

エレベーターで7階へ上がり、扉が開くと、そこは別世界だった。

大理石調の床、ふかふかの絨毯、ほのかに香る高級なアロマの匂い。

喧騒にまみれた歌舞伎町の路上とは隔絶された、選ばれし者だけが入れるラグジュアリーな空間。


「いらっしゃいませ。ご予約の仲出(なかで)様ですね」


黒服の男性スタッフに案内され、個室のような待合スペースに通された。

ふかふかのソファに腰を下ろすが、膝のガクガクが止まらない。

心臓が早鐘を打ち、口から飛び出しそうだ。

童貞37年目にして挑む最終決戦(ふでおろし)。緊張しすぎて、マジでゲロ吐きそうだ。


「お、落ち着け……俺は勇者だ……魔王とも戦ったんだ……」


気を逸らそうと、俺はステータス画面を開いた。

何か対策はないか。

そう思いながら【回復魔法(変異)】の項目を無意識に連打していると、新たな詳細項目がポロポロと展開された。


「……ん? なんだこれ、隠しコマンドか?」


俺はそれを食い入るように読み進めた。

そこに書かれていたのは、この呪いと魔法の、驚くべき仕様だった。


【重要事項①:呪いのリセットサイクル】

呪いは精液とともに排出される。成功すれば、その日の23時59分59秒までカウントダウンが完全に停止する。

しかし、翌日の0時になると、体内で再び呪いが生成され、新たな24時間のカウントが再開する。

つまり、毎日本気の中出しをしなければいけない。一日たりとも休めない!


【重要事項②:回復魔法の変異詳細】

自分への使用は従来通り。どんな傷でも病でも一瞬で完治する。


問題は「他者」への使用時だ。

・接触回復(タッチヒール):

肌に触れるか、近距離まで近づける(有効距離10センチ)ことで発動。

ただし、回復能力は著しく低下し、軽傷、軽度疾患しか治せない。

その代わり、触れた(もしくは近距離まで近づけた)場所が即座に性感帯化し、感度が数十倍に跳ね上がり、快感も与える。

(敏感な女性なら、手をかざすだけで絶頂に至る可能性あり)

また、軽度のアンチエイジング効果もあり、見た目年齢がマイナス5歳ほど若返る。アンチエイジングの効果持続期間は2週間。それ以降は徐々に実年齢に戻る。


・完全回復(フィニッシュヒール):

この変異魔法の真骨頂。膣内射精(なまなかだし)の瞬間のみ発動する。

注入された、呪いと混ざった宿主の高濃度の魔力が、相手の体内で爆発的に作用し、以下の効果をもたらす。

* 通常のセックスではあり得ない、脳が溶けるような強制超絶頂を与える。

* 全疾患・全怪我の完全根治(末期がんや欠損部位すら瞬時に再生)。

* 強力なアンチエイジング(最大マイナス20歳相当まで若返る。ただし下限は18歳でストップする安全装置付き)。

* アンチエイジングの効果は永続。そこから実際に経過した分だけ、歳をとる。実質の若返り。

* 全身の細胞がリフレッシュされ、肌や髪等が驚異的に美しくなる。


【最重要条件:同期(シンクロ)】

呪いのリセット、および最大回復効果を発動させるためには、

「双方が本気で興奮し、波長が完全に同期した状態」

での射精が必須である。

一方的なピストンや、相手が感じていない手抜きプレイでは、出した呪いが相手に定着せず、宿主に逆流する。

回復効果も発動しない。


「……つまり」


俺は要約した内容を反芻する。

俺は毎日、相手を前戯でトロトロに愛撫し、死ぬほど気持ちよくさせて、お互いに最高の絶頂を迎えなければならない。


そうでなければ、ちん◯が爆発して死ぬ。

逆に言えば、成功すれば相手に「人生最高の快感」と「健康と若さ」をプレゼントできるわけか。


「……最悪な呪いだが、回復魔法のおかげで、なんとか童貞の俺でも戦っていけそうだな」


少しだけ勇気が湧いてきた。

相手を喜ばせることが、自分を救うことになる。それなら、全力を尽くすしかない。

俺は苦笑いしながらステータスを閉じた。

その瞬間だった。


「健二様、お待たせしました♡」


廊下の奥から、鈴を転がすような、甘く可愛い声が響いた。

俺は弾かれたように顔を上げた。

そこには、この世のものとは思えない美女が立っていた。


ひめか。

歌舞伎町ナンバーワンという肩書きは、伊達じゃなかった。

まず目を奪われるのは、その圧倒的な透明感。

透き通るような雪白の肌。

少しウェーブのかかった栗色のセミロングヘアが、ふわりと肩にかかっている。

顔立ちは、あどけなさと妖艶さが同居する奇跡のバランス。

大きなヘーゼル色の瞳が、長い睫毛の奥でキラキラと輝き、俺をじっと見つめている。


そして、その身体つき。

淡いピンク色のオフショルダードレスが、彼女の完璧な曲線を包んでいる。

華奢な肩と、キュッと引き締まったウエスト。

それなのに、胸元にはドレスの生地を限界まで押し上げる、暴力的なまでのFカップの双丘が主張している。

谷間の深さは、男の理性を吸い込むブラックホールのようだ。

歩くたびに、スリットから白く滑らかな太ももがチラリと覗く。

その所作一つ一つが洗練されていて、それでいて親しみやすいオーラを放っている。


(……きれいだ)


魔王とはまた違う、守ってあげたくなるような、でも絶対に敵わないような、圧倒的な「ヒロイン」の輝き。


彼女が微笑みながら、ゆっくりと俺に近づいてくる。

甘い香水の香りが、俺の鼻腔をくすぐった。


「はじめまして、ひめかです。今日は選んでくれてありがとうございます♡」


彼女が俺の手をそっと握った。

その手は、驚くほど柔らかく、温かかった。

俺の、最初の戦場が、始まる。

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