第5話 弟の挑発(ヴィクトール視点)
第5話 弟の挑発(ヴィクトール視点)
「エマは子どもの頃から、意外と頑固で猪突猛進なところもあって。薬の開発のことになると、周りのことなんか、すっかり目に入らなくなるし」
「そんなこと…! ちゃんと聞いてるわ」
「どうだか…。ノクス領に着いたときも、皆さんの心配を聞かず診療所に向かったじゃないか…」
「それは…、そうだけど」
エマとレイヤード、母が談笑している姿を、ヴィクトールは冷めた思いで眺めていた。
ヴィクトールと話すときはまだ遠慮がちなエマだが、レイヤードの前ではこんなに伸び伸びと話すのかと思うと、ヴィクトールは内心苛立ちを感じていた。
やはり、母にレイヤードとエマの関係に気付かれたのがまずかった。
大方、レイヤードに対する、ヴィクトールの態度で察したのだろう。
本当にあの人は人が悪い。
何を面白がってか、レイヤードも茶の席に座るよう強請った。
レイヤードは母の申し出を初めは固辞していたが、辺境伯夫人に請われれば強く断るわけにもいかない。
結果、母、エマ、ヴィクトール、そしてレイヤードという妙なメンバーでのお茶会が繰り広げられることになった。
「芯が強いのは辺境伯夫人としては良いことよ。
しかも、子どもの頃から薬の開発をしているなんて、さすがね」
母は感心したようにエマに微笑んだ。
ヴィクトールと違い、皆に柔和な態度を取る人ではあるが、評価は厳しい人でもある。
しかし、エマのことは、両親ともにずいぶん気に入っているようだ。
エマの薬の効果の報告を見ると、その効果の高さは一般流通品と比較すると少なく見積もっても二倍はあると言えた。
闇魔法のことと言い、一体彼女はその小さな身体にどれ程の力を隠し持っているのか。底が知れない。
「あなたも何かお話ししなさいよ」
エマのことを考えていると、母は呆れたように隣のヴィクトールに話を促した。
「急に話と言われても…。そんなポンポン出てくるものでは」
「そんな男はモテないわよ」
間髪入れずに母が突っ込む。
「本当に愛想のない息子で」
「ヴィクトール様は黙っていてもおモテになられますから」
レイヤードは、エマと違い貴族らしい化かし合いも心得ているようだ。社交辞令が堂に入っている。
「そんなことありませんよ。氷の貴公子なんて恐ろしいあだ名で女性たちを跳ね除けて。一体どうなることか思っていましたけど、こうしてエマみたいな可愛くて優秀な婚約者ができて本当に安心しました」
母は本当に愛おしそうにエマを見たが、緊張した笑顔を張り付けたエマが何を考えているかは、私ですら想像がついた。
貴族社会の、笑顔の裏の探り合いのようなものは素直なエマには馴染まない。
母の言葉を社交辞令と受け取っているようだが、気を遣わせないよう振る舞っている。
ヴィクトールの方を不安気にちらりと見る姿も可憐だ。
ヴィクトールは、レイヤードに苛立ちながらも、エマの様子を好ましく思いながら紅茶を口にした。
アカデミーや王都で生活していた頃は、ヴィクトールの周りには、打算的な女性達がいつも近づいてきた。
自分の見た目が女性の注目を集めることは幼少期から分かっていたし、自分の身分や家の財産が魅力的なことも心得ていた。
しかも、王太子とは旧知の仲だ。野心家の令嬢たちは、ヴィクトールの目に留まろうと、あの手この手でやって来る。
美しく完璧に整えられた、見た目とは裏腹の淑女たちにはどれ程うんざりさせられたことか。
次々現れる令嬢の誘いに辟易して冷徹な態度を表に出してみたところ、気が付いたら「氷の貴公子」と呼ばれるようになっていた。
「もう少し優しく接しろ」と王太子のカイルにはよく窘められていたが、ヴィクトールは改めるつもりは全くなかった。
ヴィクトールにとって、女性との関りは最低限で充分だった。しかし、エマと出会ってからは、もう少し令嬢の好みそうな話題を学習しておくべきだったと己を顧みてもいた。エマと婚約してから数カ月、長年に渡り培った女性への不信感が、溶けていくのを感じていた。
先ほども、自然と彼女の仕草を可憐だと思っていたことに、改めて気が付く。
「エマもヴィクトール様のような素敵な方とのご婚約が決まって驚いていました」
レイヤードは口下手なエマに助け舟を出すように、そう告げた。
何が「素敵な方」だ。
ヴィクトールが忌々しく思うのは、レイヤードの助け舟にほっとしたような目を向けるエマのせいかもしれない。
そして、あの視線を独占するレイヤードが腹立たしかった。
エマのことを可憐だと思うと同時に、エマの視界に入る男に憎悪した。
中でも筆頭格は、彼女の護衛騎士・レイヤードだ。ヴィクトールはレイヤードに険のある目を向けた。
「レイヤード様は、エマのことをずいぶんお詳しいようだ。幼馴染とおっしゃっていましたが…」
ヴィクトールは、思わず嫌味っぽく口にしていた。母の目が笑っているのは分かったが、止められなかった。
「エマの弟がアカデミーでも同級生で、本当にきょうだいみたいに育ちました」
レイヤードの言葉に、エマも同意するように小さく頷く。その姿は愛らしかったが、同時に俺を苛立たせもした。
「そういえば、エマはアカデミーには行かなかったのね。こんなに優秀なのに、何か理由でも?」
「お恥ずかしいのですが…社交が苦手で」
「勉強に集中するために、エマは領地で家庭教師をつけていたんです。
アカデミーで身につける知識も教養も充分備わっています」
レイヤードは微笑みながらまた絶妙なフォローを入れた。
高位貴族の子女は、婚約者探しもかねてアカデミーに通う者も多いが、専属家庭教師に学ぶ者もいる。
エマがアカデミーに通えば、良からぬ虫が集ったであろうから、ヴィクトールとしては有難い選択をしてくれたと思う。
「まあ、エマがアカデミーに通っていたら、すぐに誰かに見そめられてしまったでしょうから、本当に良かったわ」
母の言葉は、ヴィクトールの心の声かと思うものだったが、エマはまたもそれを社交辞令と思っているようだ。
そういった謙虚なところも彼女の美徳ではあるが、もう少し自信を持ってほしいとも思う。
彼女は彼女が思うよりも、ずっと魅力的だ。エマが菓子を食べる姿を見つめていると、レイヤードと目が合った。
彼は挑むような視線を、ヴィクトールに投げかけた。
エマの「弟」殿は、私を好ましくは思っていないようだ。
まあ、それはお互い様ではあるが。
◇◇◇
市街付近の森に頻繁に出現していた魔物が、ここ最近落ち着いて来た。
理由はよく分からなかったが、エマと過ごす時間がようやく増えたのは有難かった。
エマのドレス選びに来ていた仕立て屋にも、普段着るものも作るよう申し付けた。
そのために、エマは先ほどから母や女主人に促されるままに、あれもこれもと合わせられている。
周囲の反応を見ると、これはどうもお決まりの光景のようだ。
女性の服選び中は、ヴィクトールがすることはあまりないが、エマの様子を見ているだけで幸福な気持ちになった。
同じく、手持無沙汰に離れて様子を見守っていたレイヤードが、ヴィクトールに声をかけて来た。
「魔物の出現が減少したようで、何よりです」
「おかげで少しは結婚の準備が進められる」
「それは結構です。まあ、このまま遅々として進まないのも良いかと思いましたが…」
レイヤードは涼しい顔でヴィクトールに嫌味を言う。
「この状態が続くようでしたら、エマを連れ帰るべきかと思っておりました」
彼女の「弟」は、挑発するように私を見た。
「エマが望むなら、何処へでも連れて行こうと思います」
「それはご遠慮願いたい。王太子とケイティの結婚も控えていますから、そういうわけには」
ケイティの姉であるエマの婚約が急がれたのは、ケイティの結婚問題があった。
聖女の姉の婚約者をいい加減に選ぶわけに行かず、王太子の知己である私に白羽の矢が当たったというわけだ。
長年ケイティに人知れぬ恋心を抱いていたヴィクトールは、そのこともエマの婚約者に選ばれた理由の一つだと考えていた。
王太子は存外嫉妬深い。ヴィクトールは、元々ケイティとの未来を一度たりとも考えたことはないのだが、危険因子と判断されたのかもしれない。
今思えば、ケイティに抱いていた淡い感情は、エマに抱いている熱情とはずいぶんと違った。
ヴィクトールは、エマと出会い、本当の恋とは何かを、実感を思って理解した。
今はエマを選んでくれたことに王太子にも感謝している。
「そうですか。まあ、貴族の結婚はご政務のようなものでしょうから」
ずいぶんと突っかかってくる。
「そうですね」
険のある視線を向けるレイヤードに、ヴィクトールは微笑む。
「エマが相手ではなければ、私も高位貴族の職務として全うしようとしたでしょう」
貴族の結婚が、家のためだというのは常識だ。
レイヤードだって分かっているからこそ、エマの相手として手を挙げられなかったのだろう。
連れ去りたいと願っても、それができないことだと言うことも分かっている。
将来の王太子妃の姉が、後継ぎでもない伯爵家の次男坊と婚姻する、ましてや駆け落ちするなど、醜聞と言わざるを得ない。
しかも、エマはレイヤードの気持ちには露ほども気づいていない。
まあ、ヴィクトールの気持ちにも、気付いていないようではあるが…。
慣れない様子で流行りのドレスを合わせながら、はにかむエマを見る。
この国では忌み嫌われる銀髪や瞳の色を気にしてか、エマはあまり着飾らない。
しかし、エマの美しさは、そのようなもので損なわれるものではない。
大輪の華のごとく着飾った多くの女性に心動かされることはなかったというのに、野に咲く花のようなエマには激しく心が揺さぶられる。
「エマの、あの瞳の色は吸い込まれるように美しい」
気付くと、レイヤードの視線は少しだけ穏やかなものに変わっていた。
母は、エマにドレスを合わせながら「男性たちはどちらがお好みかしら?」と、二人に問いかけた。
小花柄のピンクのドレスも、サックスブルーのドレスも、どちらもよく似合っている。
しかし、どちらと問われれば…。ヴィクトールも、レイヤードも同時に、ブルーのドレスを指さした。
「あら、仲が宜しいこと」と、母が心から楽しそうに笑った。
選んだのはヴィクトールの瞳の色に似たものだった。
レイヤードは、そんなヴィクトールに笑みをたたえた。
「ヴィクトール様、エマを泣かせるようなことがあれば、いつでもエマを連れ帰ります。覚悟してください」
レイヤードはエマに聞こえないように、ヴィクトールに囁いた。
身分を考えれば不敬と言える「弟」君のその言葉を、ヴィクトールは宣戦布告として受け取った。
「悪いが、君の出番はない」
余裕の微笑みをヴィクトールは浮かべながら、心に確かな熱が灯っていた。
エマは知らなかった。
ヴィクトールのアイスブルーの瞳が、既にエマしか映していないのを——。
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