第4話 疑念の矛先
第4話 疑念の矛先
「どれもよく似合うわ」
辺境伯夫人御用達の仕立て屋が現れてから、早一時間。
エマは着せ替え人形のように、次から次へとドレスを着替えさせられていた。
夫人はヴィクトールと顔の作りは似ているものの、身に纏う柔らかな雰囲気も表情もまるで違う。
今朝は結婚式の開催時期、招待客などの相談をようやくヴィクトールと行うことができたが、その後は政務があると昼食も取らず慌ただしく出て行った。
夫人はそんな様子に呆れて、ヴィクトール不在時にドレス選びを強行し始めた。
「ヴィクトールは、形ばかりが決まれば良いと思っているのかもしれませんけど、エマのことをちゃんと考えているのかしら。ドレス選びだってとても時間がかかるのに。こんな調子じゃいつまで経っても式を挙げられないじゃない」
夫人もノクス辺境伯も、ヴィクトールに倣い、エマのことを愛称で呼び始めた。
当たり前のようにエマを愛称で呼ぶ二人に、ヴィクトールは何か言いたげな視線を向けた。
お二人は父、母と呼んでほしいと言ってくださっているが、それはまだエマには敷居が高く、待っていただいている。
「男性はあまりそう言ったことにはお気づきにはなられませんから」
レースを広げながら、仕立て屋の女主人が夫人を宥めた。
レース一つ取っても凄い量だ。極薄の生地に様々な模様が描かれていて、見ていて飽きない。
エマは初めてドレス作りの面白さを感じていた。
「エマはそのレースがいいのかしら?」
シースルー生地に刺繍やビージングがあしらわれている生地を手に取ると、女主人がすかさずドレスのイメージを提案してきた。
「さすがはお目が高い。それは先日王都で仕入れたもので。素肌にレースが浮かび上がるようで、華やかで上品な印象に仕上げられますよ」
「シンプルな中にも品があって素敵ね。
あ、でも、ヴィクトールはああ見えて嫉妬深いタイプだと思うから、肌の露出は控えた方がいいかもしれないわね」
エマを置いて、夫人たちがどんどん話を進めていく。
こうなったら、エマは唯唯諾諾と従うしかない。
ヴィクトールが嫉妬深い?
夫人はヴィクトールのそういう場面を見たことがあるのか。
エマにはそんなヴィクトールは、今一つ想像が出来なかった。
それもそうか。ヴィクトールにとって、私は嫉妬心を煽られる対象じゃないのだから。
「失礼致します」
口調は丁寧だったが、慌てた様子で使用人が入りクロードに睨みつけられた。
使用人はクロードに耳打ちすると、すぐに部屋を退出した。
「エメリン様」
夫人に用事かと思ったが、クロードは私に声をかけた。
「ヴィクトール様から、急ぎの連絡が…。至急診療所にお越しいただきたいと」
診療所? エマの脳裏に不安がよぎった。ノクス領到着初日に見た、野戦病院化した診療所を思い出していた。
◇◇◇
「エマ!」
診療所に駆けつけると、ヴィクトールが先日の老医師と共にエマに駆け寄った。
一見すると、先日見た診療所よりは、患者も減り落ち着いた様子に変わっていた。
「先日、エマに診てもらった騎士が急変した。すまないがもう一度見て貰えないか」
老医師は「申し訳ございません」と身を縮める。
「気になさらないでください」
苦しそうに身悶えていたのは、奇跡の回復と称された騎士だった。
「今朝から発熱が続いておりまして…。どうにもこうにもならない状況で……」
おでこに触れなくても、高熱であることは充分に分かった。
「うぅっ…ああああ、や、やめてくれ…!」
騎士様は悪夢に侵されているのか、時折苦しげに叫んだ。
その悲痛な様子が、診療所内の他の騎士様にも不安を与えているようだった。
先日、瘴気を中和した患部を見ると傷は綺麗に治っていたが、不自然な熱を放っていた。
まさか…。
エマは、騎士の患部に再び触れた。
間違いない。僅かに体内に残っていた残留瘴気が、逆流している。
そのせいで、高熱や悪夢を引き起こしているようだった。
このまま放っておくと、魔力が暴走しかねない。
「このタイミングで呼んでいただいて良かったです。瘴気の逆流が起こっています」
「逆流…? そんなこと、起こるんですか。聞いたことがない」
「大丈夫です。もう一度、中和させれば…」
不安げな老医師を安心させるようにエマは告げた。
「う…あああっ! く、来るな! 来るなあっ!!」
酷い悪夢なのか、騎士が自分を引っ掻いたり見えない何かを殴ろうとしたりと、めちゃくちゃな動きで激しく暴れ出した。
すかさず押さえ込もうとするレイヤードより先に、ヴィクトールが暴れる騎士を歯がいじめにしていた。
「大丈夫か」
ヴィクトールがエマを見る。
「ありがとうございます」
ヴィクトールに押さえつけられながらも暴れる騎士の患部に触れ、溜まる瘴気を中和させた。
しばらくすると、騎士の身体がほんのりと優しい光に包まれた。
その瞬間、騎士の身体から力が抜け、ばたりと動きを止めた。
緊張感に包まれていた室内に、安堵の空気が流れた。
老医師はエマに何度も頭を下げた。エマは騎士の身体に残留瘴気がないかを何度も確認した。
体力が減少している身体には、ほんの微量の瘴気も障ることがある。
だが、騎士の身体には完全に瘴気の気配は感じない。おそらく、これでもう大丈夫だ。
「体力を消耗したと思うので暫く起きないと思いますが、もう安心して良いかと」
「その…瘴気の逆流というのは、初めて聞いたのですが、よく起こるものなのでしょうか」
老医師は遠慮がちにエマに尋ねた。
「頻繁に起こるものではないと思いますが、体内に残った僅かな残留瘴気が引き起こすことがごく稀にあります。
再び瘴気の中和をやり直せば元に戻ることが一般的です。
ただ、タイミングが遅れると死に至るケースもありますので、このタイミングでお呼びいただけて幸いでした」
「死に、至る…」
老医師も周りで見ていた騎士たちも、エマが話したことを深刻に受け止めたようだった。
明日は我が身と思ったのか、一部の騎士たちが「本当に大丈夫なのか」「さっきの様子は異常だったぞ」と小声で囁くのも聞こえた。
エマはリュクノール領から持参した自作の薬を鞄から出すと、老医師に効能を説明した。
ずらりと並ぶ薬品にヴィクトールも驚きで目を見開いた。老医師はエマの献身に感謝しながらも、疑念を隠しきれずにいた。
「リュクノール侯爵令嬢、大変失礼ですが、あなた様の治療はどういったことをなさっているのでしょうか」
「どういった…」
室内の注目が集まっているのを感じた。
闇魔法でやっていますとは、そう易々と説明できないが…。
医師として、疑問に持つのは当然のことだ。
答えに窮していると、「エマは民間療法の研究をしている」とヴィクトールは老医師に話した。
ヴィクトールは私を庇うようにさり気なく老医師と私の間に立った。
「民間療法…?」
「皆も承知の通り、リュクノール家は薬師の家系として名を馳せている。
近年では様々な地域の民間療法の研究も初めているそうだ」
ツラツラとヴィクトールがそれらしく話す。
「まだ広くは知られていないものもあるだろうが、エマに命を救われたものがいたのは間違いないだろう」
診療所にいる騎士たちの何名かは、先日闇魔法で瘴気を中和した者だった。
ヴィクトールは、室内中に聞こえるようにわざと声を大きくして言った。
「未知の治療法や治療薬に不安を持つものもいるかもしれないが、エマの技術は私が保証する。皆も知っての通り、医療は日進月歩だ。
こうして開発された数々の新薬、私達への献身的な態度を見れば、信頼に値する人物だということは、火を見るより明らかだ」
ヴィクトールは、エマが老医師に渡した薬瓶を手にしながら騎士たちに語った。
エマはヴィクトールの言葉に驚いていた。
そんな風に思っていただいていたなんて…――。
エマの瞳が思わぬ感激で潤んだ。
「もちろん、無理強いはしない」
と、ヴィクトールが締めくくると、不安気な顔をしていた騎士たちが、エマに感謝の敬礼を送った。
エマはヴィクトールの言葉や騎士たちの感謝に、戸惑いもあったが、胸がじんわりと温かくなるのも感じていた。
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