第7話
「……やっぱり、あの噂はおかしかったのかもしれないわ」
教室で数人の生徒が囁き合っている。
ティアラが姿を消して数日、最初は「悪役令嬢が逃げた」という声もあったが、徐々に異なる見方が生まれていた。
「だって、マリア・レインさん本人が“何もされていない”って言ってるのに、いつの間にか“ひどい仕打ちを受けている”って話が広まっていたもの」
「確かに……。取り巻きの子たちが盛んに言いふらしていたわね。でも、その根拠は聞いたことがないわ」
マリアはその会話を横目で聞きつつ、胸の奥が苦しくなる。
自分の周りで、勝手にティアラを悪者に仕立て上げていた人間がいたことは確かだ。
しかも彼女たちの噂が、学園全体を巻き込むほど大きな騒ぎになってしまったのだ。
「マリアさん」
ふいに声をかけられ振り向くと、そこには取り巻きの一人――エステルが立っている。
「え、あ、はい……」
身構えるマリアに対し、エステルは少し言いづらそうに視線を落とした。
「あなたのせいにするわけじゃないけど……私たち、ティアラ様を持ち上げすぎていたかもしれないわ。結果的に、ティアラ様を孤立させてしまったの」
それは、取り巻きたちなりの罪悪感の表れなのか、それとも責任を回避するための言葉なのか。
マリアには判断がつかない。
だが、少なくともエステルの表情は暗い。
「……もし、本当にティアラ様が何もしていないのなら、どうしてこんな噂が広まったのですか?」
マリアが問いかけると、エステルは口を噤む。
やがて、ぽつりと声を落とした。
「だれかが“悪役令嬢”という言葉を使い始めて、それが面白がられただけ。私たちはそれに乗っかって、マリアさんを“ヒロイン”と祭り上げれば自分たちが注目されると思ったの。……馬鹿だったわ」
目を伏せるエステルに、マリアは厳しい視線を向ける。
「そのせいで、ティアラ様は学園を去らざるを得なくなったんですよ?」
その言葉に、エステルは一瞬顔をしかめる。
「仕方ないじゃない……私たちだって、何も考えずにやったわけじゃないの」
けれど、直後に小さく息をついて続けた。
「でも……悪ふざけだったのかもしれない。軽い気持ちで、あの高貴なティアラ様の噂を面白がって広めてしまった。今になって後悔してる」
そう告げるエステルを責める言葉がマリアには見つからない。
もしかしたら、彼女も騒ぎがこんなに大きくなるとは思わなかったのだろう。
「……あなたが本当に悪いと思うなら、ちゃんと王子殿下や学園長に言うべきです。自分たちのしてきたことの真相を」
エステルはかすかに目を伏せて頷いた。
「それができるなら、とっくにしてるわ。でも正直、周りに責められるのが怖いの。……けど、がんばる。私からも言ってみる」
そう言い残してエステルは教室を出て行った。
背中は震えていたようにも見える。
「……私には、一体何ができるんだろう」
マリアは自問する。
ティアラを取り巻く噂は確実に揺らぎ始めている。
それでも、彼女が戻ってくる気配はない。
マリアには、ただこのまま待っているしかないのだろうか――
不安と後悔の入り混じった思いが、胸の奥を苦しく締めつけていた。
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