第3話 蘇生

 蘇ったというより、起き上がったという方が正確かもしれない。再び動き出した姉は、以前の彼女とはまるで別人のようだった。

 言葉を理解せず、知性も理性も失い、自我すらも失くしてしまっているようで、獣のように獰猛なその姿は、いわゆるゾンビのそれだった。

 

 姉は、ゾンビになってしまったのだ。

 

 それでも、姉が戻って来てくれて藍は嬉しかった。そうして、誓った。

 ――姉を人間に戻す。

 今度こそ、自分が姉を救う番だと。


 その為にも、藍は姉の死を世間に隠すことにした。

 幸い姉の部屋はマンションの角部屋で、反対隣も運良く空いていた為、すぐに藍が契約して越してきた。

 就職先も蹴って、ずっと姉の傍に居ることを選んだ。


 それから、叔父の家にも足を運んだ。高校生になるまで藍も暮らしていた一軒家で、合鍵は持っていた。

 叔父は数年前に離婚して独り身だったが、万が一にも死体が誰かに見つかるといけない。その前に処理しておかなければと思った。

 それに、叔父は株で一生働かなくても生きていけるくらいの大金を持っていたので、それを期待したのもある。

 

 しかし、叔父の死体は見つからなかった。

 ――なんと叔父も、姉と同じくゾンビになっていたのだ。

 これは僥倖だった。藍は叔父を捕獲して、色々実験してみることにした。

 どうすればゾンビを人間に戻せるのか。それを探る必要があったからだ。

 

 もし、何らかのウイルスに感染した状態が今の姉なり叔父なのだとしたら、体内のウイルスを死滅させれば人間に戻せるのではないか。藍はまず、そう考えた。

 例えば、何も食料を与えずにいたらどうだろう。ウイルスが寄生虫みたいなものだとしたら、宿主が摂取する栄養から糧を得ているはずだ。


 ここで、そもそもゾンビには食事が必要なのかという疑問が浮上した。

 試しに普通の食料を姉に与えてみたが、姉は一切口にすることはなかった。様々な食材を調理したり生で与えたり、色々してみたが結局駄目だった。

 もしやと思って藍の血を与えてみたら、姉はこれまでとは全く違う反応を示した。喜び勇んでそれを飲んだのだ。

 ゾンビの食事は、やっぱり人間の血肉らしい。

 ちなみに、叔父の腕を切り落として与えてもみたが、姉は普通の食料と同じく、そちらには全く見向きもしなかった。元人間とはいえ、ゾンビ同族の血肉は食べないようだ。

 

 ともかく、姉には藍の血を定期的に与えておいて、叔父には何も与えずに様子を見ることにした。

 すると、一週間ほどで叔父は動かぬ死体へと逆戻りしてしまった。

 その状態の叔父のもう片方の腕も切り落として姉に与えてみたら、姉は今度はちゃんと食らった。つまり、叔父はゾンビから人間に戻ったのだといえる。

 ある意味藍の推測は当たっていたのかもしれないが、その結果が元通りの死体では意味が無い。何とか本体は生きたまま、ウイルスだけを殺す方法は無いものか……。


 行き詰まったかに思えたが、この頃、ある変化があった。

 姉が時折、自我を取り戻す瞬間があったのだ。それは本当に一時で、すぐにまた獰猛な獣のようになってしまうのだが、明らかに良い兆候だった。

 叔父の死体を全て平らげた後からだろうか。


 そういえば、藍はテレビでこんな話を聞いたことがある。

 壁を食べてしまう異食症の子供が居たが、実は鉄欠乏性貧血で、壁に含まれる物質から不足した鉄分を補っていたのだとか。

 他にも、やたら昆布を好んで食していた女が実はバセドウ病で、昆布から摂れるヨウ素がその症状を抑えるのに役立っていたのだとか。

 つまり、生物は本能的に自分に不足した必要なものを摂取したがる傾向があるということだ。


 姉に必要なのは、人間の血肉だ。

 それを沢山与え続ければ、いずれ姉は元通りの人間に戻れるに違いない。

 藍は確信した。

 ならば、藍がすることは、ただ一つ。姉の為に食料の調達を続けることだ。


 藍の血だけでは足りない。やはり、肉もなければならない。

 そこで藍は、出会い系サイトで引っ掛けた男を家に誘い、姉の餌にする計画を立てた。叔父と同じ、女を食い物にするような連中だ。この世から消えた方が良い。


 この頃姉は、大分正気で居る時間が長くなってきたように思う。

 ――もうすぐだ。

 きっと、もうすぐ、姉は人間に戻れるに違いない。元通り、藍の大好きな姉に。

 

 だから、藍は――。


「こんな雨の中、来てくれてありがとうございます。温かいコーヒーはいかがですか?」


 今日も新たな男を巣へと誘い込む。蕩けるように甘い、極上の笑みを添えて。

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