フローラと悪魔-3
フローラと悪魔-3
「・・・レムル?誰のことだ?」
流石のザルツも、この言葉は想定外だった。何といっても、ザルツでさえレムルのことは覚えているのだ。ザルツが答える。
「以前ここに住んでいた、貴方の弟子です。今はレギウスの妻として、城に住んでいます」
とりあえず、ザルツの知る事実を並べていく。フローラが、思い出すように答えていく。
「以前・・・ここで・・・レギウスは・・・覚えている・・・」
流石にザルツもこのおかしさに気が付く。フローラが城下で一番よく話しているのは、レムルだからだ。レギウスを忘れるならともかく、レムルを忘れるなどあり得ないはずだ。
ザルツの見る、フローラの魔力変化のパターンが、困惑を示している。この反応は嘘ではない。ザルツが言う。
「とにかく、一度レムル様にお会いして頂けないでしょうか?このままでは、彼女がこの屋敷にやってきます」
そう言うと、ザルツは帰るために黒鉄のドラゴンの元に向かう。
彼には何となく経緯は分かってきた。剣を使った取引で、門に関する知識と引き換えに、レムルに関する記憶を失ったのだ。
ただ、彼には分からなかった。なぜ、そんなものを対価に要求したのか?と。
ザルツは困った。こんなことを、どうやってレムルに説明したらいいのか?と。
フローラは、ザルツの言葉を反芻している。
「以前ここに住んでいた、貴方の弟子です」
フローラは、屋敷の中を探す。そうすると、確かに、フローラの物ではない物が出てくる。
(これは・・・一体・・・)
フローラは、更に探す。押し入れの中にあるものを掻き出す。そしてその中にあったのは、子供の靴。レムルがこの屋敷に来た時に、行商人から買った、あの靴。
フローラが、赤髪を搔きむしる。心の中に、巨大な空洞が出来ていることを知ってしまった。あまりにも巨大なその空洞に、フローラは耐えられない。
私には、何か、とても大切な記憶があったはずだ
フローラが急いで部屋に戻ると、剣の術式を発動した。呼び出したのは、悪魔。
悪魔は、息を切らして、髪を掻き乱したフローラを眺める。そう、彼がフローラに要求したのは、彼女が愛した者の記憶。なぜ、そんなものを要求したのかというと、そうすれば再びここに戻ってくると、知っていたからだ。
フローラは、その対価を払うことを悩んだ。愛する者・・・レムルが、娘の姿が頭に浮かぶ。その一方で、ザルツの姿が頭に浮かんだ。創造性において、自分を上回るかもしれない者。自分の聖域に踏み込んできた者。
そして、かつての自分を、レムルに会う前の自分を思い出す。
精霊魔術は、あの頃に閃いたのだ・・・自分は、丸くなったのではないか?自分には、あの頃の鋭さが必要なのではないか?
そう思ったフローラは、払ってしまった。愛する者の記憶を・・・レムルとの、娘との記憶を・・・
悪魔には、感情はない。だが、人が感情で動くことは知っている。そして悪魔は、フローラが通信術で、雪の女王と会話している内容を観察していた。フローラは、異世界の強者を観察しているつもりだったかもしれないが、彼らもまた、フローラを観察していたのだ。そして、過去のパターンから、類似例を探した。そういった会話をしている者は、どういう対価で、どのように行動するかを。
フローラは、再び悪魔と契約を結ぶ。失った記憶を、取り戻すために。しかし、失った記憶を正確に契約に組み込むのは難しい。悪魔は、それを小出しにするだけで良かった。フローラは、その記憶をもとに、次の契約を結んでいく。
まるで、物語の次の話を求むるが如く。
そして、フローラは失った。その、すべての魂を。
ザルツが、再び屋敷に帰っていた。帰ってからレムルに、「やはり今は会えないようです」と言ったら、涙目の表情で、とんでもない怒りと悲しみと危機感の魔力変化のパターンを見せたのだ。そして一言、「今すぐ連れて来て」言われてしまった。
それでザルツは嫌々ながら引き返してきた。
(フローラを連れてこい?どうやればいいんだ?)
何せフローラは、ザルツよりも遥かに強力な魔術師なのだ。下手をすれば、ザルツが灰になる。
ザルツが考えながら、フローラの部屋のドアを叩く。しかし、返事が無い。そしてドアを開けて、見つけた。床に倒れている、フローラを。
ザルツがフローラの状態を確認する。脈が無い。体温はそれほど下がっていない。亡くなってから、それほど時間が経っていないようだ。
ザルツがフローラの亡骸を見つめる。この男にしては珍しく、フローラの死を惜しんでいた。
ザルツはフローラの助手として、彼女の剣の研究に巻き込まれた。最初は嫌々やっていた感情起動機構の解析だったが、魔力充填と感情パターン解析という思わぬ産物を手に入れることが出来た。未知の探求に手を突っ込み、思いがけない収穫を得る。これはザルツにとって、初めての経験だった。
フローラは、その機会をザルツに与えたのだ。間違いなく、フローラはザルツの師であった。
なのでザルツは、彼女の死を惜しんだ。勿体ない、と。彼女の実力と探求心を。それは悲しみから出たものではないが、それでも惜しんだ。
過去の感情の再起動に囚われていたザルツだが、暫くしてから、現状の把握を開始し始めた。ザルツは考えている。
フローラの死を隠すことは出来ない。この屋敷には、レムルをはじめ、多くの人が踏み込む。完全には剣の研究を隠せない。どれを隠して、それを明らかにするべきか。
あまり時間が無い。ザルツは、感傷を忘れて、頭をそれに向けてフル回転させ始めた。
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冥府魔道 ikhisa @ikhisa
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