ミオリアとフローラ-1

ミオリアとフローラ-1




ベイルが凶刃に倒れてから、10年ほどが過ぎた。ミオリアの都市の影響力が拡大したことで、都市の中そのものは、束の間の平静を許される状態にあった。


その平静の日々の、夕方と夜に入る間の時刻に、ミオリアが竜王の墓の前の祭壇で祈りを捧げている。これは巫女としての日課でもあるが、彼女の本心からの日課でもある。この墓に竜王が入る前から、300年ほど前から、続けている日課だ。




竜王が君臨してから800年経っていた、今から300年ほど前は、とても平和な時代だった。彼女は平和な時代に、この墓の巫女になった。

巫女に就任する時に、初めて竜王に拝見した。この墓を建てたのは、竜王だったからだ。竜王は、800歳を超えているはずなのに、一見すると整った顔立ちをした青年のようだった。ドラゴンは寿命が長いと言われているが、それでも800年を越えて若さを保っているのは異常だった。何らかの呪いを受けて不死になったのではないか?と、噂されていた。


ミオリアは、初めて会った竜王に、尋ねた。

「このお墓には、一体、どのような方が眠っていらっしゃるのでしょうか?」

竜王は、ミオリアを見ながら、思い出すように語った。

「・・・私にとって、とても、とても大切な人だ。一度生き別れてから、その人の今際に再び会えたが、その時に、亡くなった・・・その後で、私がこの墓を建てた」

ミオリアは、少しドキドキしていた。それを語る竜王の、愛おしさ、悲しさ、懐かしさの入り混じった表情に、心を奪われてしまった。

(竜王様って、こんな表情をされるんだ・・・)

ミオリアは、赤くなりそうな顔の表情を崩さないように、何とか平静を保っていた。竜王は、そんなミオリアの内心など知らず、呟くように続けた。

「その方も、美しい、腰まである黒髪をしていた。君の髪も、どこか、その人の髪色に似ているね・・・」

そう言った後で、竜王は、しまった、と言うような表情をして、慌てて取り消すように続けた。

「あ、ごめん!本当に、似ているな、と思っただけなんだ!特に他意はないんだ!気にしないでくれ!」

ミオリアは、耐えきれずに赤面して、下を向いていた。

(無理でしょ・・・そんなこと、サラッと言わないでよ・・・)


これが、ミオリアと竜王の最初の出会いとなった。ミオリアは、それを機に、肩まであった髪を、腰まで伸ばし始めた。




・・・・




それから200年ほど、平和な時代が続いた。竜王は、寵姫を伴って、時々墓参りにやって来た。竜王も、寵姫も、ミオリアも不死であるため、彼らは古い馴染みになった。

馴染みになった寵姫が、ミオリアに呑気そうに挨拶をする。

「ミオリアー、久しぶりだね。元気?会いたかったー」

そう言って、ミオリアに飛びつくように抱き着いてくる。ミオリアも嬉しそうに抱き返す。

竜王は、そんな二人を、優しく見守っている。


三人でいる時は、大体の場合、寵姫がずっと喋っていた。本当にずっと喋っていた。竜王とミオリアは、ずっと話を聞いていた。頻繁に、竜王と寵姫が一緒に居る話が出てくる。彼らは、いつも一緒に居るからだ。

ミオリアは、そんな話を聞きながらも、内心では少し嫉妬していた。ミオリアは、寵姫の髪を見つめる。彼女もまた、美しい、長い黒髪を持っていた。

(いいなあ。一緒に居られて。私だって、私の方が・・・絶対に・・・)

内心であっても、これ以上は考えないようにしていた。なぜなら、寵姫は本当に、呑気で、いい人で、そんな人にそんな感情を向けるなんてことをするのが、恥ずかしかったからだ。

帰るときも、二人は仲が良さそうだった。ミオリアは、そんな二人を、微笑ましく、羨ましく見送っていた。


噂によると、ミオリアみたいに、複雑な心境で二人を見つめる女性、と言うのは時々居るらしい。竜王が、時々、ド天然をかましてしまうためだ。それを知って、ミオリアが一人で呟く。

「・・・本当に・・・罪な人だな・・・」




・・・・




そんな竜王は、100年前に亡くなった。寵姫もまた、後を追った。

ミオリアは嘆き、悲しんだ。200年来の友人を、大切な人たちを失い、心にポカリとした穴が開いた。だが、悲しんでばかりいられなかった。

強大な力で君臨していた竜王が亡くなったことで、1000年ほど平和であった帝国が、急速に分離していった。ミオリアのいる都市は、帝都とその外周部の中間に位置しており、様々な政治力学の影響を受けやすい場所にあった。

ミオリアはただの墓守の巫女に過ぎない。だが、激動に翻弄される都市を守るために、それに甘んじる状況ではなくなってしまった。200年を生きる彼女には、都市の多くの組織と、その中枢部に、多くの関係を持っていたからだ。彼女は、戦わざる得なくなった。


彼女は200年を平和に過ごしていた巫女だった。その彼女にとって、それからの100年は、地獄のようだった。

戦うために、なんでもした。本当に、なんでもした。なんで私が、と思いながらも、なんでもした。

彼女は、内心では疲れ切っていた。こんなことがいつまで続くのか、分からないからだ。何とかして、表では平静を装っているが、それでも疲れていた。


そうやって、彼女は300年を生きてきた。




・・・・




彼女は、平和を、心から祭壇に祈っている。彼女の本心から、祈っている。なぜなら、彼女は、平和な時代を生きていた、巫女なのだから・・・


ミオリアが祈りを終え、階段を下りていく。側近の女が、ミオリアに近づいてくる。

「ミオリア様・・・」

女は、熱っぽい目で、ミオリアを見上げる。ミオリアは、そんな女の腰に手をやり、自らに抱き寄せる。

ミオリアにとって男とは、都市を守るために操作する、人形のようなものだ。彼女にとって、安心だとか安息とかを提供する者たちではない。

彼女は疲れていた。だからせめて、夜中には、満足したかった。


ミオリアには、悪癖があった。




・・・・




ある日、神殿に新しい女性がやって来た。華やかな女性だった。

ミオリアが彼女を面談する。ミオリアの前に、その女性が立った。背は、長身のミオリアと同じぐらいだろうか。スタイルの良い体型に、軽くウェーブの掛かった、肩ほどまである赤髪。筋の通った鼻に、青い目。ミオリアとは別種の、美しい女性だった。


ミオリアが女性に聞く。

「お名前は?」

赤髪の女性が答えた。

「フローラ、と申します」

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