第6話『警視庁、六本木東署、刑事課、第七強行犯捜査係。』



『私の名前-はSILK』

第6話:白い闇



蛍光灯の白い光が、淀んだ空気を、冷たく照らし出している。

部屋中に充満するのは、安物のコーヒーの匂いと、寝ていない男たちの汗の匂い、そして、何本吸っても決して尽きることのない、焦燥感という名の煙草の煙。


その中心に、巨大なホワイトボードが、まるで墓標のように鎮座していた。


『六本木三丁目・キャバクラ『フレンドリー』爆殺事件』

その、殴り書きされた文字の下には、凄惨な現場写真と、走り書きのメモが、無秩序に貼り付けられている。

「死亡者13名、重軽傷者5名」

「バックヤードにて起爆か?」

「被害者に、店のNo.1ホステス『S-ILK』を含む」


部屋にいる、むさ苦しい男たちは、誰一人として、口を開かなかった。

ただ、それぞれの持ち場(チーム)で、パソコンの画面を睨みつけ、あるいは、鳴り続ける電話の受話器を取り、夜を徹して、情報の整理に追われていた。


これは、戦争だ。

犯罪史上、類を見ないほどに、残虐で、そして不可解な、この爆殺事件の犯人(ホシ)との。


「…係長」

若い井上刑事が、いくつかの報告書を手に、係長である多重寺の元へやってきた。多重寺は、腕を組み、地蔵のように、ホワイトボードの前から、一歩も動いていない。


「各班からの、現時点でのまとめです」

井上が、報告書を読み上げる。


「まず、爆発物処理班、および鑑識からの報告。事件は、昨日午後8時3分、『フレンドリー』宛に届けられた宅配便の小包が、開封されたことによって発生。起爆と同時に、一瞬のうちに店内は、血の海へと変わった模様です」

「…ああ」


「次に、科捜研。現在、総動員で原因究明にあたっていますが、不明な点が多すぎます。まず、犯行に使われたのは、内部に仕込まれた数百個の、パチンコ玉のような金属球が破裂、高速で射出されたものと見られています。これが、被害者たちを貫通し、ほぼ即死させたと」


多重寺は、何も言わない。


「そして、最大の問題点が、これです」

井上は、一枚の分析データシートを、多重寺に差し出した。


「現場から回収された残骸からは、一切の火薬成分が検出されませんでした。ニトロも、ダイナマイトも、全て陰性です。これが何を意味するのか、爆処班も、首を傾げています」

「また、装置の基盤であったと思われる場所からは、焼け焦げた、電子部品や、マイクロチップのようなものが、多数、散乱していました。しかし、その全てが、起爆時の熱と衝撃で完全に破壊されており、内部データの回収は、絶望的です」


爆薬を使わない、爆発。

そのエネルギー源は、何か。

犯行をコントロールしていたはずの、電子頭脳(マイクロチップ)も、完全に破壊されている。

犯人は、自らの痕跡を、文字通り、原子レベルで、消し去っていた。


手詰まり。

捜査は、開始からわずか半日で、暗礁に乗り上げようとしていた。

ホワイトボードに書かれた、無数の「?」の文字が、まるで捜査員たちを嘲笑っているかのようだ。


多重寺は、腕を組んだまま、静かに、目を閉じた。

そして、記憶の、さらに奥深く。これまで対峙してきた、数々の怪物たちの顔を、思い浮かべていた。


快楽殺人鬼。

サイコパス。

テロリスト。


違う。

どの顔とも、違う。

今回の犯人(ホ-シ)の横顔は、それらとは、全く異質の、冷たい光を放っている。


それは、**“白い闇”**とでも言うべき、不気味な輝きだった。

感情も、思想も、欲望すらも感じられない。

ただ、純粋な知性と、完璧な計算だけが存在する、絶対零度の、知的な悪意。


(…一体、誰なんだ…)

多-重寺は、暗闇の中で、まだ見ぬ敵に、静かに、問いかけた。


(お前は、一体、何がしたい…?)

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