第4話:三人の訪問者
---
## 『私の名前はSILK』
### 第4話:三人の訪問者
グラスの中で、琥珀色の液体が揺れていた。氷が溶ける、かすかな音。
目の前の男――多重寺が、何を考えているのか、全く読めない。彼は、私が「SILK」と名乗ってからも、特に驚く様子もなく、ただ静かに、酒を呷り続けていた。時折、世間話にもならないような、どうでもいい相槌を打つだけだ。
不気味だ。この沈黙は、嵐の前の静けさそのものだ。彼は、私の心の鎧の、どこか一番脆い場所を、じっと、見定めている。
**しばし飲まれた後**、男は、ゆっくりと立ち上がった。
「…ごちそうさん。ああ、**楽しかったよ**」
その、あまりにも平坦な声で言われる「楽しかった」は、どんな罵倒よりも、私を苛立たせた。
彼は、財布から数枚の紙幣を取り出し、テーブルの上に置くと、最後に、あの全てを見透かすような目で、私を見つめた。
「**また、来てもいいかな?**」
キャバクラにおける、ありふれた**定番のやりとり**。しかし、彼の口から発せられると、それは「必ず、またお前の前に現れる」という、死の宣告のように聞こえた。
私は、女優として、完璧な笑顔を顔に貼り付ける。
「**ええ、お待ちしております。ぜひ**」
**カラン**、とドアベルが鳴り、男の背中が、夜の闇に消えていった。
私は、大きく、誰にも気づかれないように、息を吐いた。第一ラウンドは、どうやら引き分け、といったところか。
「あら、SILK。**なかなか、いいお客様じゃない**」
すぐに、**ママが寄ってきた**。その目は、多重寺が置いていった紙幣の厚みを、いやらしく確認している。
「随分と静かな方だったけど、ああいう人の方が、**お金、落としてくれそうよね?** あんた、しっかり捕まえときなさいよ」
ママの下世話な言葉が、私の逆撫でされた神経に、さらに塩を塗る。
**すかさず、私は、その話を折った。もはや、時間はない。**
「**ママ**」
私の、いつもとは違う、真剣な声のトーンに、ママが「ん?」という顔になる。
「**あの人、刑事さんやわ**」
「…はぁ?」
「なんか、昨日あった事件の被害者と、**私の名前が似てる**とかで、**しつこい**みたい」
私は、心底から迷惑だという顔で、嘘をついた。
「たぶん、また来ると思う。そしたら、**お店に、迷惑がかかるで**」
そして、私は、深々と、頭を下げた。
「せっかく雇ってもらったのに、申し訳ありません。私、**辞めますね**」
「えっ、ちょ、ちょっと、あんた…!」
ママの、引き留める声。しかし、もう遅い。
私は、更衣室へと駆け込むと、数時間前に袖を通したばかりのドレスを脱ぎ捨て、地味な普段着に着替えた。
**わずか2時間で、この店を辞める**。あまりにも、早すぎる退場。だが、あの猟犬に、巣の場所を知られてしまった以上、長居は無用だ。
荷物をまとめ、裏口から出ようとした、まさにその瞬間だった。
カラン、と、今夜、三度目となるドアベルが、鳴り響いた。
表のフロアから、マネージャーの、うんざりしたような声が聞こえてくる。
店の入り口に現れたのは、**ガタイのいい、スーツ姿の男が二人**。
**入れ替わるように**、現れた、新たな訪問者。
その、威圧的な佇まい。
**マネージャーも、ママも、そしてフロアに残っていた従業員も**、誰もが、同じことを思った。
そして、その絶望を、声に出した。
「……**またか?**」
それは、本物の刑事か。
それとも、また別の、何者かなのか。
誰も知らない。
ただ、この『Frenzy』という店の、静かだった夜が、今夜、完全に、そして irrevocablyに、終わりを告げたことだけは、確かだった。
私は、裏口のドアノブを握りしめたまま、息を殺して、その場に立ち尽くしていた。
私の脚本は、もう、私の手を離れ、勝手に、転がり始めている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます