第十話 温泉街
三日前、通話で要請を受けた。
回りくどい前置きはなく、用件だけが告げられた。
観光地で、異変が出ている。
封鎖はできない。
だが、放置もできない。
「経験のある君が適任だ」
そう言われた。
続いて、付け足すように。
「停学していた君のために、小さな修学旅行だと思ってくれ」
善意の形をした命令だった。
通話は、それで切れた。
冬の朝。
温泉街は、まだ完全には目覚めていない。
湯気が道に溜まり、吐く息が白い。
観光客はまばらで、店の暖簾も半分ほどしか出ていない。
柄は、温泉向きのものを選んだ。
水の流れを思わせる線が重なり、主張しすぎない。
湯気の中では輪郭がぼやけ、人目に残りにくい。
派手さは要らない。
今日は、溶け込めばいい。
編成は四人。
己と、生徒三人。
男子二人、女子一人。
温泉街では、これが必要になる。
異変は、小さい。
だが、数がある。
同じ路地で立ち止まってしまう者。
湯から上がった後だけ、理由もなく気分が沈むという話。
写真に写らない場所がある、という訴え。
どれも曖昧で、決定打に欠ける。
だが、観光地では十分に厄介だ。
封鎖はできない。
人払いも難しい。
だから、先導が要る。
道を選び、歩く。
人の流れを外し、湯気の濃い方へ進む。
理由は言わない。
生徒の反応は、それぞれだった。
足取りを速める者。
周囲を警戒する者。
黙って背中を見ている者。
温泉街は、何も起こさない。
それが、一番不自然だった。
少し歩いたところで、立ち止まる。
振り返り、告げる。
「勘違いしている者がいそうだが、これは調査だ。
齢等しくして、己と同じ現場に立てることは稀だ。
胸に刻め」
返事はない。
表情は、まちまちだった。
湯気が流れ、朝の光が差し込む。
何も起きないまま、
調査は、始まっていた。
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