第七話 穏当な判断

 


 家に戻る。


 戸を開け、靴を脱ぎ、灯りを点ける。

 それだけで室内の輪郭が定まる。


 祖母の家だ。

 変わらない。

 変える理由もない。


 箪笥が並び、桐箱が積まれ、反物がそのまま残っている。

 数は多いが、乱れてはいない。

 畳まれ、重ねられ、柄がずれない位置に収まっている。


 己の物は少ない。

 置き場所に迷うほどは、持っていない。


 上着を脱ぎ、帯を解く。

 布がほどけ、重さが抜ける。

 熨斗目の線が視界から外れ、無地が近づく。


 着替えを済ませ、台所に立つ。

 火を点け、器を出し、湯を沸かす。

 手順は決まっている。


 量は足りる。

 温かい。

 それ以上の確認はしない。


 食べ終え、器を洗い、元の位置に戻す。

 水音が止まると、家はまた静かになる。


 部屋に戻り、布団を敷く。

 押し入れから出したそれも、祖母のものだ。

 柄は淡く、主張しない。


 横になる。

 天井を見る。


 今日のことを思い返す必要はない。

 考えなくても、柄は乱れていない。


 布が身体を覆う。

 重なりが定まり、隙間がなくなる。


 視界が閉じる。

 意識が、糸を切るように落ちる。


 柄は、そのままだ。




 ◇



「……復学初日としては、随分と騒がしかったな」


「想定の範囲内だ。学生が集まれば、ああなる」


「問題は、そこではない」


 一拍、間が空く。


「あの者だな」


「術を使えないという報告は、事実だ」


「だが、場を乱した」


「乱してはいない。止めてもいない」


「それが厄介だと言っている」


 誰かが、書類をめくる音を立てた。


「家系なし。後ろ盾なし。管理下にもない」


「排除する理由は?」


「ない」


「評価する理由も?」


「……それもない」


 沈黙が落ちる。


「置いておくしかない、ということか」


「最も穏当だろう」


「穏当、か」


 低く息が吐かれる。


「術を使えない学生が、

 最も扱いづらいというのも皮肉だな」


「術を使えないのではない」


「使わない、か」


「あるいは――

 こちらが使わせられているのかもしれん」


 誰も、否定しなかった。


「監視は?」


「最小限に」


「干渉は?」


「不要だ」


「では、結論は一つだな」


 静かに、言葉が落ちる。


「――厄介だが、今はそのままにしておけ」


 会話は、それで終わった。





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