[#05 - 一冊の人間]
【タタタタッ!】
ユスティアンは持ち前の速さを活かし、神像の周囲を旋回した。 『黒神像』が止まっていた正面から、ユスティアンは右側へと跳ぶ。
「GRRRAH-!!」
「ふぅむ……?」 『領主』サラは、長い爪を小さく噛んだ。 黒神像が右側へ再び拳を振り下ろす。
(今だ――!)
アルベルトから伝承された『クロムウェル剣術・一初式』、[両面突き]が神像の腹部に突き刺さった。
「やった……!」
「すごいですわ……」 アンナは馬車から持ってきた扇で口元を覆い、感嘆の声を漏らした。 何かが弾けるような音とともに、神像の周囲に土煙が舞い上がった。
「……所詮、実験台のネズミに過ぎなかったわ。次は貴方が――」
「GRAAAAH-!!」
サラが二人目の男に向かって球体を放とうとしたその時、突如として神像の凶暴な咆哮が響き渡った。 神像の両拳が、そのままユスティアンの頭部を強打したのだ。
「うっ……」
「ユスティアン!」
埃の霧が晴れると、腹部に刺さった剣を掴んだまま膝をつくユスティアンの姿が露わになった。 剣が突き刺さった箇所は、固体と液体の中間段階のような何かに変質し、剣を固く固定していた。
「ほう……。流石に、神像はもはや石だけで造られているわけではないからな」
「貴女、狂ってるの?! 家族の喧嘩もいい加減にしなさいよ!」
「……貴女はユスティアンの彼女かしら?」
「今、そんなことが重要じゃないでしょう……!」
当惑して顔を赤らめるアンナとは対照的に、サラの瞳は冷淡だった。 サラは首を傾げながら言った。
「……それが全てよ。どこぞの名門のお嬢様のような顔をしているけれど、貴族ではなさそうね?」
わずかに引きつるサラの口角に、アンナは瞬間的に硬直した。
「どこに住む、どの家門の子弟なのか。誰と親交関係を持っているのか。ただそれだけが全てであり、そこから全てのことが始まるのよ」
「な、なんですって……?!」
「この子がそう教えてくれなかったかしら?」 サラは神像を停止させ、ユスティアンの髪を掴み上げた。 「まあ、兄様の子供だから、教えなかったのかもしれないわね」
サラは紙屑でも投げ捨てるかのように、軽くユスティアンの頭から手を離した。
【ドスン!】
ユスティアンの瞳が完全に濁った。 サラは今度は残りの二人に向かって、ゆっくりと歩み寄った。
「何? 悪魔を狩る? 今の貴方たちは、路上の犬一匹にすら勝てはしないのに?」
「UMM... GRAH-?!」
止まっていた神像が、突如として悲鳴を上げた。
「だから、僕はあんたたちが嫌いだったんだ」
【カチャッ! ズドォォン!】
「……僕と同じ理由で、父様はあんたたちを領地の外へと追放したんだな」
「……?!」
「あ、あの爆発音は?!」
「俺が作ってやった超小型爆薬発火器だ」
「……貴方のネーミングセンス、最低ですわね」
ドミトリヒが拳を固く握り、頭上へと掲げた。 霧散していく神像の残骸を背に、ユスティアンが立ち上がった。
「呪術に溺れていた僕が、大法典を離れられなかった理由がこれだったんだ」
「ハイディス……! 死してなお、息子を通じて私を邪魔するというの……?!」
「ただ大法典を通じてのみ、人間は道具という境遇から脱出できるからな」
青いオーラがユスティアンの体を包み込んだ。
(ユスティアン……何だか、別人のよう。私が知っていたあの男で間違いないの?) アンナの視線は彼に固定され、一筋の冷や汗が流れた。 (どうして……私は動けないの? 足さえ動いてくれれば、あんな神像くらい……なんてことないのに……!) アンナは奥歯を強く噛み締めた。
「……気配まで兄様と同じになってしまったわね、甥っ子や」 サラがアンナの顎のラインを指先でなぞった。 「けれど、そんなことをしたところで何も変わらないわ。貴方は仲間も領地も、何一つ守れはしない」
サラが指を鳴らすと、背後にいた男たちの体に神像の煙が入り込み、次第に生気を帯び始めた。 それぞれ、羊の頭、犬の頭、牛の頭のいずれかへと変貌し、獣の特徴に従って手足も変わっていった。
アンナの顎から鎖骨へと指先を滑らせていたサラが手を引き、アンナの喉元に短剣を突きつけた。
「けれど、膝を少し折るだけで、貴方は全てを容易に手に入れられるのよ」 サラは微かに笑い、優しく語りかけた。 「私が甥を殺すわけにはいかないでしょう?」
「高母様をどう信じろと言うんです」
「外の人々の顔を覚えているかしら? そこに不満を持っている人がいた?」
「……」 ユスティアンの眉間に皺が寄った。
「アルベルトが管理していたと誤解しているようだけれど、アルベルトも呪術と神像を認めたのよ」
(よし……こうして少しずつ揺さぶればいい。今、この子が見せたそれ、兄様と同じ種類のあの力は危険だわ……) サラは乾いた唾を飲み込んだ。
「我が家門が呪術を受け入れたからこそ、残り三体の悪魔からの攻撃を避けることができたの。私はただ、今の状況に相応しい方法を提示しているだけよ」 サラはアンナの背中を撫でながら言った。 「この子がなぜ私の前で凍りついているのか分かるかしら?」
「くっ……!」
「答えは、私の方が強いからよ」 サラがアンナの背を軽く叩いた。 「……若くて肌も綺麗ね。ユスティアン、貴方この子が好きなんでしょう?」
「……何を言ってるんだ?!」
「当たってるわね。違うふりをしながら、心の中では想い合っている。貴方の父親もそうだったもの」
サラが少し妖艶な目つきで視線を送った。
「ユスティアン、私の可愛い甥っ子。私たちは皇帝には勝てないの。私を憎んでも、これは事実よ」
「……そんな言葉、ただの詭弁だ……」
「ええ、そうでしょうね。受け入れ難いのであれば、叔母であり領主である私の責任でしょう」
サラが両腕を左右に広げ、ゆっくりと頭上へと集め始めた。 彼女の前にある神像たちの上へと、次第に黒い煙が立ち上り、塊となっていく。 煙が固まった雲は、中心に『円形の通路』を作り上げ、その門の中から獣たちの悲鳴が聞こえてきた。
「四代領地の貴族たちは、初代皇帝から先代皇帝まで、彼らと力を合わせて悪魔たちを封印したと伝えられているわ」
悲鳴が止むと、その門に次第に亀裂が入り始めた。
「理解できるかしら? それはすなわち、この領地こそが封印の対象だったということ」
サラの二腕が振り下ろされると門が砕け、羊の三つの頭を持つ怪獣が降り立ってきた。
「山羊王、アグラベインよ」
「URRAHH-!!」
三つの頭に生えた角には、それぞれ異教の本来の言語である『魔導文字』でアグラベインを賛美する文字が刻まれていた。 人間のものではないほど太い足と蹄でその自重を支えながら、ユスティアンに向かって歩み寄り始めた。
「あれが……悪魔『アグラベイン』……?」 ドミトリヒが呟いた。
「勝てっこないわ……早く逃げなきゃ……!」 アンナが言った。
(二人はもう諦めたわね。貴方はどうするのかしら?) ユスティアンは剣の柄を固く握りしめた。 だが、その瞳に宿る青い炎は、次第に弱まりつつあった。
(……どこだ? 見えない……。この化け物の弱点が、一体どこにあるのか分からない……!)
「もう諦めなさい。貴方の父親でさえ息の根を止められず、封印するしかなかった悪魔なのだから」 『アグラベイン』はサラを己の左肩に乗せた。
(父様が……? 息の根を止める……?)
『人の言葉を信じてはならない。』 『彼らの名は、これこれの通りであり……』
(違う、僕はもう名前を知っている。)
「……また、この感覚だ……」 ユスティアンが四つの悪魔の名を思い浮かべた瞬間、胃がせり上がるような不快感に襲われ、口元を押さえた。
(待てよ……?!) ユスティアンは目元を覆い、自嘲気미에笑った。
「……狂ってしまったの? 残念だけど、これで終わりよ」
【クォォォーン!】 『アグラベイン』の拳が地面を叩きつけると、領主ホールに凄まじい轟音が響き渡った。
「……愚かなユスティアン」 サラが告げた。
「ああ、これで終わりだ。あんたの嘘に踊らされるのはな」
「……な、なんですって、どうやって……?!」
「悪党と嘘はセットだって聞くけど、本当にその通りみたいだ」 ユスティアンは『アグラベイン』の拳を、真っ向から刃で受け止めていた。
「あんたは領主なんかじゃないし、この獣も本物の悪魔なんかじゃないからな――!」
【クォアァァーン!】 ユ스티アンはそのまま、獣の拳を弾き飛ばした。
「さあ、この陳腐な演劇の幕を閉じよう。外に出て、領民たちに叱られるだけでも十分に怖気づいているんだから」
「……そんなはずは?! 私が悪魔に裏切られたというの?」 獣の肩から落ちたサラが、頭を抱えてガタガタと震え出した。
「ったく、悪魔を信じたこと自体が、あんたのミスだよ」
「URGHAAA-!!」
「ああ、お前が残っていたな」 獣がユスティアンに向かって、その巨体を投げ出した
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たった今恩赦された領主の俺が、領民たちの無罪を立証しなきゃいけないんですか?! kyo-ta-ro04 @treslobos04
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