[#04 - 最高の人気を誇る領主になる方法 (01)]


「ちょっと、もう日は中天に昇っているわよ」


「……お前ら、大丈夫なのか? 昨日あんなに喧嘩してたのに」


「この様子を見ていると、また腹が立ってきそうだわ」


アンナがユスティアンの背中を揺らしながら言った。


「でも、少しやりすぎじゃないかしら? これからユスティアンは領主として働くのよ。日は昇ったけれど、そんなに時間が過ぎたわけでもないでしょう?」


「知りません。私はとにかく、この人の上に立ちたいんです。こうして定期的に思い知らせてあげないと……」


【ドスン!】


ユスティアンが身を翻して起き上がると、中心を失ったアンナが机に突っ伏した。


「ほら見ろ。人間、心根は清く持たなきゃいけないってことだ」


「……何よ、なんでこいつがこんなに近いの?」


二人の顔は、紙一枚ほどの距離にあった。


「きゃあああ……っ?! 今、私を破廉恥な目に遭わせようとしたわね?!」


「いや、僕は……」


「言い訳は聞きません。即刻処刑を……」


「アンナ、いい加減にしろ」


ドミトリヒがユスティアンを抱き起こしながら言った。


「領主様がくれた寝床、最高に寝心地がいいぜ」


「気に入ったなら良かったよ。こんな起床イベント、二度もやられたら本当に監獄に戻りたくなる」


「それはこいつが勝手にやったことだ」


ドミトリヒが鼻で笑って言った。


「まずは朝飯にしよう。執事殿が待ってる」


「ああ、それが一番急ぎだ」


「……悔しいわ。いつかこの屈辱、必ず……」


三人はアルベルトの元へと向かった。


「さあ、召し上がってください。昨晩、この老いぼれが少し手を加えておきました」


「ふむ……いいわ。昨日より高い点数をつけてあげてもいいわね」


アンナが目を閉じてスープを味わった。


「特別に、私の屋敷の専属使用人として働く権利をあげるわ」


「ありがとうございます、お嬢様」


「……お前、ユスティアンの領地にも家があったのか?」


「高貴な存在が居を構える場所、そこが家。ゆえにこの身は……」


「みんな、決めたよ」


ユスティアンがアンナの言葉を遮った。


「僕、この領地で生きることにする」


「その決定というのは……」


「ああ、アルベルト。旅はどうやら、ここまでのようだ」


ユスティアンはアルベルトを見てうなずいた。彼は握りしめた拳をじっと見つめる。


「僕は今の人生が気に入ってる。領民たちも、今の皇室の雰囲気と未来について話せば、きっと理解してくれるはずだ」


「久しぶりにまともなことを言いますね。今朝の惨事は特別に見逃してあげますわ」


ドミトリヒがユスティアンの肩を叩いた。


「俺はよく分からねえが、お前ら二人と一緒にいられて良かったよ」


「何よ、急に湿っぽいこと言っちゃって」


「いや、慰めようと思ってもなんて言えばいいんだよ」


「確かに、独りよがりな言葉でしたわね」


ドミトリヒは慌てたように顔を赤くした。


「違う、違うって……! 執事殿、こいつらに何か言ってやってください!」


アルベルトに助けを求めたが、彼は一瞬、別の世界にいるようだった。その視線はユスティアンに向いているようで、どこか遠くを見ているようでもあった。


(……僕も心は晴れないが……今はこれが正しいはずだ)


三人の乗った馬車は『ブエノスアイレス』に到着した。


石造りの『騎馬像』が二体立つ門をくぐると、色とりどりのレンガで造られた家々が見え始めた。


「おおお、ここが本当にお前の領地なのか?」


「そう言われると、少し気恥ずかしいな」


「騒々しいのは、私には合いませんわ」


「お前は一体何を期待してたんだ……?」


アンナは繁華街の人々を見渡し、ぷいと首を振った。雪が降り出しそうな寒空の下でも、店は人々で賑わっていた。


「坊ちゃま、顔を伏せ、声を低くしてください」


「……そうだった」


ユスティアンは毛布を被り、身を屈めた。


「切ないな。せっかく監獄から出たのに、また隠れる身分だなんて」


「かわいそうに……」


アンナが屈んでいるユスティアンの茶髪を撫でた。


「この目の前にあるものすべて、私が手に入れられるのに……」


アンナは不敵な笑みを浮かべた。馬車は領主城に到着し、検問を待った。


「おかしいですね……私の伝達通りなら、迎えに来る者がいるはずですが……」


何台もの馬車が列をなしているのを見て、アルベルトが不審に思う。五番目に並んだ頃、一人の衛兵が急いで駆け寄ってきた。


「はぁ、はぁ……申し訳ありません、行政代行殿!」


兜の隙間から荒い息を吐きながら言った。


「ヘンドリクス、この馬車の列は一体何事です? 静かに準備してくれと頼んだはずですが……?」


「も、申し訳ありません。ですが、我々の独断ではなく……」


アルベルトの眼力に圧倒された衛兵は、おどおどと戸惑った。


「独断ではない……? 今、私以外の誰が城を管理しているというのですか?」


「それが……突然、自分が新しい領주だと主張する人物が現れまして……」


「何だって?!」


馬車の中の三人が同時に叫んだ。


「ユスティアン、お前分身術でも使えるのか? そんな系統じゃなかっただろ」


「私の屋敷が……他人の手に……?」


アンナが顔を青ざめさせ、手を震わせた。ドミトリヒがユスティアンを揺さぶる。


「落ち着けって! 俺だって初耳なんだから!」


(考えろ……僕の復権手続きが間違っていたのか? いや、臨時代行職を選出したからそんなことはないはずだ。領地に借金があったか? いや、税の滞納も債権も一切ない……)


ユスティアンの瞳が、瓶の中のビー玉のように不安げに揺れる。


「ひとまず私が直接会いに行きます。道を開けてください」


「あ、はい、では騎兵用の別道がありますので、こちらへ」


「アルベルト、心当たりはあるか?」


「いえ、私も少々混乱しております。領地にいた時ですら、そのような話は聞いたことがありません」


(ならば、ごく最近起きたことだ。かなり前から準備していたか、あるいは力ずくで押し入ったか……)


ユスティアンは沈思した。


(皇帝の許可を得たこの領地に、力を使える者は限られている。可能だとしても、無駄な損害を避けるために別の方法を採るはずだ)


ユスティアンの脳裏に、数人の人物がよぎった。


「我が領地の悪魔が解き放たれたのか……?」


「よりによって、私が一時席を外した隙に……」


アルベルトが奥歯を噛み締めた。


「悪魔狩り、このアンナ・カレリンの出番のようね」


アンナが毛布をマントのように羽織り、立ち上がった。


「悪魔……? 来るなら来い。自分が住む土地から逃げ出すわけにはいかないからな」


ドミトリヒも道具を整理し、覚悟を決めた。


「そうだな、幽霊が怖いって言ってたよな」


「はぁ、本当にこういう時に水を差すなんて……屋敷はやっぱり大きく建てて、衛兵もたくさん雇わなきゃダメね。こんな馬鹿たちが周りにいたら仕事にならないわ」


「おい、俺たち同じチームだろ?!」


ドミトリヒが顔を赤くして怒った。


「でも、その通りだ。僕たちが住む場所なんだ、退くわけにはいかない」


三人はそれぞれの装備を整え、城門へと入った。ユスティアンが先頭に立って扉を開ける。


彼の目に飛び込んできたのは、厚い黒鉄の眼帯をしてひれ伏している七人の男たちと、自分と同じ茶髪の女性だった。


下の方で結んだ長い髪、大胆に肩を露出させたドレス。ユスティアンはその姿を知っていた。父の姉、つまりユスティアンの伯母。


四代悪魔の伝承を知るクロムウェル家の中でも、皇帝の協力者たち。彼女が長い爪についた血を黒いドレスで拭うのを見て、ユスティアンは叫んだ。


「サラ伯母様、神聖なる領主ホールで何をされているのですか?!」


「あら、監獄で苦労した甥っ子のために準備した、プレゼントかしら~?」


彼女は粘りつくような声で答え、一番左にいる男の眼帯に向けて黒い球体を放った。


「そこのお前、適当に行って死んでおいで」


「はい、領主様」


「今、何と……?!」


男の体が、背後にあった神像の獣と重なり、変貌していく。半人半獣の姿、長い犬の顎を持つその神像は煙へと変わり、男の体の中へと吸い込まれていった。


「神像が人の体の中に入った……?!」


ドミトリヒが腰を抜かした。その男が距離を詰めてくるたび、重く不穏な空気が三人を取り囲む。


「……ユスティアン、足が動かないわ! 何かに釘付けにされたみたいに……!」


「……動くな!」


「あなたも狂ったの?!」


アンナが叫ぶ。


「そもそも、すべては僕の間違いから起きたことなんだ」


「え……? 急に何を……?」


ユスティアンは俯き、狂ったような速さでその獣へと突進した。


「この領지를守るためには、僕が死ぬしかないんだ……!」


「ええ、そうね。早く終わらせるのがお互いのためだわ」


ユスティアンは鞘から剣を抜き、獣の胴体を狙い定めた。


「偉大な領主は、自らの命を捨てるものだからな……!」

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