[#03 - これが僕の仕事だというのか……?]
アンナがユスティアンの前にある干し肉をひょいとつまんだ。
「おい、それは俺のだ……」
「私、この食べ物を監獄で初めて食べたんです」
(……聞きやしないな)
アンナはそのまま干し肉を口に運んだ。
「なんというか……少し硬くて、噛むと破片のようになるから、あまり好きではなかったけれど」
アンナはユスティアンの隣に歩み寄り、彼の口に干し肉を押し込んだ。
「くれた人の好意もあったし、あの時は食べるものが貴重でしたから」
「あの時、ドミトリヒの言葉を聞かなきゃよかったよ」
「そうやって逃げ出すつもりですか?」
アンナがニヤリと笑って言った。
「……僕に、どこまで話しましたっけ?」
「天使たちの都市、そこから来た有名な舞姫だって」
ユスティアンが焚き火に薪を入れながら言った。
「私が捕まった理由は?」
「それは当然、お前も僕たちと同じように異教崇拝をしたからだろう。舞姫なら当然、神像の前で……」
「もっと頭を使ってください。あなたなら、おかしな点に気づけるはずですよ」
アンナは少し不機嫌そうに首を振った。
「……何だよ、舞姫なんだから当然踊りを……。待てよ……」
「ええ、よく考えればおかしいでしょう? どうしてこんなに華奢な舞姫が、何の邪魔も入らずに踊れたのかしら?」
アンナが満足げにうなずいた。
「……お前、漫談で有名になったのかと思ってたよ」
「冗談で言ってるんじゃないんですから」
アンナは腕組みをしたまま、ぷいと顔をそむけた。
「とにかく、そうです。私はあの人たちに裏切られたようです」
「まあ、当時の雰囲気からすればそうだろうな。異教の呪術はすべて隠れてやらなきゃならなかったから」
「……本当に、思い出すだけで腹が立つくらいです」
アンナは干し肉をじりじりと噛み締めながら言った。
「それでどうする? 復讐でもするつもりか?」
ユスティアンは火の前に手を伸ばした。
「こうして火でも放ってやろうか! なんて思うけれど……」
「うわ……目が怖い。怖すぎる」
アンナは木の棒に火をつけて、再び焚き火に投げ入れた。
「正直……そうしたところで、歓迎してくれる人は誰もいないわ。すでに私の仲間は全員死んでしまったから……」
アンナの表情が粛然としたものになった。
「だから、この機会は私にとって重要なんです。もう不法ではなくなったのだから、適当に家を見つけて、新しいスタートを切れるようになったんですもの」
アンナがユスティアンを正面から見据え、指差した。
「私、あなたたちが気に入ったんです。それにユスティアン、領主なら友達に家の一軒くらい用意するの、難しくないでしょう?」
「……普通、そういう話を聞いた直後は……」
「次は舞姫じゃなくて女優をしようかしら。もちろん、話は全部本当だけど」
彼女は首筋を露わにしながら、顎を高く突き出した。
「……そう言われると、祭りを守ろうとしたのも理解できるな」
ユスティアンは手のひらを叩いて立ち上がった。
「返事は……?」
「ダメだと言ったら、僕たちの元を去るのか?」
「あなたがモテない理由が分かりました」
アンナが舌打ちをした。
「ハハ、先生みたいな執事が、今や僕を領主だと言うんだ。いつまでも独断で考えるわけにはいかない」
「ということは?」
「もう少し時間をくれ。今日、手紙を読み切らなきゃならないんだ」
「まあ、いいでしょう。慈悲深い私が、一度だけ見逃してあげますわ」
アンナは干し肉をいくつか追加で掴んで、馬車の中へと戻っていった。
ユスティアンは父の手紙を取り出し、読み耽った。
『人の言葉を信じるな。』
(……これはいつも言っていた言葉だ)
『ユスティアン、私の唯一の息子であり相続者よ。異教と正教の間で悩むであろうお前に、この手紙を残す。』
(いよいよ本番か……)
『我が家系は代々「ある一柱の神」のみに仕えてきた。現在の私は「異教の呪術」に手を染めたゆえ、その名を口にすることはできぬ。』
「僕も今は似たようなもんだな」
ユスティアンが頭を掻いた。
『だが、知っておいてほしい。これが私の私欲ではなく、領民のためであったことを。おそらくお前が釈放される頃、魔女「ヘレネ」を通じて大法典が書き換えられ始めているだろう。』
「……ヘレネ? 初めて聞く名前だ」
『彼女をあまり悪く思うな。その理由は……』
(おかしい、ここから先が消されている)
ユスティアンは指で消された部分をこすった。だが、紙に染み付いた痕跡は消えないままだった。
『愛する国家「ブリエント」の四代悪魔は、彼女を通じて解き放たれるだろう。その名は「アグラヴェイン」、「カルマトラ」、「バナイル」、「カニドソス」。四つの地域に、国家よりも先に存在していた者たちの名だ。』
(……読むだけで吐き気がするな)
ユスティアンは頭を振り、下の句を読み進めた。
『私の父と先代は、彼らの復活を阻むべく皇宮内の異教勢力と戦ってきた。しかし先代が本郷へと戻り、これら四地域の主たちと他の貴族たちが台頭して皇帝を迎えたのだ。』
「……だから、僕の知っている顔が少なかったのか。この事実を知ることは、皇帝の弱みを知ることと同じだからな」
(だが、それではおかしな点がある)
『私は愚かにも、彼らの提案である「異教の呪術」を受け入れた。』
「……それほど愚かではありませんでしたよ」
『人の言葉を信じるな。』
(……なぜ、同じ一文が?)
『すでに我々の中にも、先に呪術を学んだ者がいたのだ。お前はこの父の愚行を追うことなく、状況を見極めて正しい選択をせよ。』
「……偉大な領主は、領民のために己の命を捨てる者となるべし、か」
(パシッ)
ユスティアンが手紙を地面に投げた。
「人の言葉を信じるなだと……?」
ユスティアンは虚しく笑った。
「いっそ……アンナの言う通り、全部知らないふりをして逃げ出そうか?」
ユスティアンは手紙を足で踏みつけた。
「命を捨てようにも、その方法がどこにある? どうやって命を捨てることを望んでいたんだよ?!」
領主は自らの髪をかき乱した。
「……ああ、ひとまずアルベルトのところへ行こう」
輸送馬車の裏側に、アルベルトの天幕があった。
「お入りください。年を重ねると眠りが浅くなりましてな」
ユスティアンの気配を感じ取ったアルベルトが言った。
「別に隠れようとしたわけじゃないが、やっぱりすぐに気づかれるな」
「領主様を補佐し、警備して数十年……。もはや体に染み付いた日課でございます」
アルベルトが茶器に紅茶を注いだ。
「手紙はすべて読まれたのでしょう?」
「ああ。むしろそのせいで、もっと混乱してる」
ユスティアンは茶碗を受け取り、飲み干した。
「急に、自分の住んでいる世界が変わってしまったような感覚なんだ」
「逆に、ようやく目が覚めたとも言えますな」
アルベルトが意味深に言った。
「アルベルトは、どこまで知っているんだ?」
「……坊ちゃまは、どこまで知りたいのですか?」
「僕は……そうだな、ひとまず選択を下せる程度には……」
「何と何の間で悩まれているのか、伺ってもよろしいでしょうか?」
アルベルトが射抜くような視線を向けた。
「……逃げるか、立ち向かうか。その間で悩んでる」
「……」
アルベルトは一瞬息を止め、やがて小さく手を叩いた。
「見事です。この老いぼれの圧迫が、もはや坊ちゃまに影響を与えないとは」
「ふぅ……何事かと思ったよ」
「では、お話ししましょう。坊ちゃまが必ず知っておくべきことを」
アルベルトは右側から黒いノートを取り出して広げた。ノートの表紙には、茶色い地図が挟まれていた。
「四代悪魔、奴らのいる地域はこの位置にあります」
【ブエノスアイレス、マイダシアン、シルバ・アシノルム、ホルティ・ペンシリウム】
それぞれの地方を象徴する紋章とともに、小さく四悪魔の名が記されていた
「待て、なぜ我が領地がこの地図にあるんだ?」
「それは、我が領地もまた、四代悪魔の領地の一つだったからですな」
「……本当なのか?」
ユスティアンが机を叩いて立ち上がった。
「手紙には、我が一族は代々『ある一柱の神』に仕えてきたとあったぞ!」
「それは皇帝がいらしてからの話です。皇帝の助けを借りて力を得た初代領主が協力したゆえに、呪術を脱して聖法に入ることになったのです」
「……完全に初耳だ」
ユスティアンは頭を抱えて、どさりと座り込んだ。
「他の領主たちも立場は似たようなものです。ただ、我が領地が真っ先に皇帝に拝謁した。ゆえに、解決策も同一です」
「……それは何だ?」
「『始まりの法典』を見つけ、異教の残滓を追い出すことです。そうすれば、悪마は封印を解くことができなくなります」
「だが、ヘレネがすでに彼らを解き放ったのだとしたら?」
「正解です。おそらく彼女なら、真っ先にその事を行ったでしょう」
「……これから、どうすればいい?」
ユスティアンが地図を眺めながら言った。
「私も伺いたいのです。これからどうされるおつもりか」
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